緑の星の緑の島
 

検索

IMAGINE

ユーザーマニュアル

◎本サイトは、ネットコモンズ2(CMS)で制作しています。本サイトの活用方法やプライベートアイランド(個人のお部屋)のデザインカスタマイズについて知りたい方は、ネットコモンズ・マニュアルのページを参照してください(管理者)。
 
COUNTER1615716
ブログ「平和と戦争」
2015/07/12

'Do we have peace now?' 「今は平和でしょうか」 高校三年知念捷の詩

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者

http://japanfocus.org/-Roger-Pulvers/4338/article.html

'Do we have peace now?' poem by Okinawa teen Chinen Masaru 今は平和でしょうか」 高校三年知念捷の詩

The Asia-Pacific Journal, Vol. 13, Issue. 27, No. 1, July 06, 2015

Roger Pulvers

'Do we have peace now?' Poem by Okinawa teen Chinen Masaru

Translated by Roger Pulvers

Chinen Masaru, 17, a third-year student at Okinawa Prefectural Yokatsu Senior High School, recited his poem, "Miruku yo ga yayura" (Do we have peace now?), at an Okinawa Memorial Day ceremony on the seventieth anniversary of the end of the Battle of Okinawa at Peace Memorial Park in Itoman on June 23. He expressed his desire to let neither his great aunt's memories nor the misery of war be forgotten. The following is a translation of the poem's full text.

* * * * *


"Do we have peace now?" by Chinen Masaru

Do we have peace now?

The old Okinawan song of peace

Sung out by my ancestors

Comes home to me ...

"The world of discord is a thing of the past

The goddess of harmony will soon be among us

Do not lament, for your life

Is the irreplaceable treasure"

-

Just as on that very day 70 years ago

This year too the cries of the cicada

Announce the end of the rainy season

On this 70th memorial day too

The moisture-laden southerly sea winds rush

Through the branches of tropical almond trees

Grown tall in the bounty of the earth

The cries of the cicada grow faint

Vanishing into those winds

Along with the trees I listen intently

To the cries of the cicada

And I ask the winds ...

"Do we have peace now?"

-

My grandfather's elder sister has loved flowers

Has loved dancing, has loved me like a grandson

For 70 years since the end of the war

My grandfather's elder sister has lived as a war widow

Never remarrying

Now over 90, her body lies bent on the bed

She lost her beloved husband in the Battle of Okinawa

In 1945

He died at 22, leaving a wife with a baby at her breast

She searched for the footsteps of her husband

She sought his warmth

From the battle sites of the south

To The Cornerstone of Peace

All she had was a slip of paper

Informing her of his death

And a little rock she picked up

To put in his urn in the turtleback tomb

-

Now in this 70th year she is suffering from dementia

She sings as all her memories recede

Into the lacquer blackness

She sings of the husband she loved

She sings of the happiness of young marriage

Stolen from her by force

She sings in fits and starts

"The Song of the Departing Soldier"

Scores of times, hundreds of times

As if to call out to the memories of war

And the husband she loved ...

"I will wait for you to smile

And come back to me..."

-

It is a heartless dispensation of nature that sends

Her memories fading into the winds

The tears of her grief follow the chiseled lines of her cheeks

Now as the term of 70 years is passing

-

Some call the soaring dove the symbol of peace

But she tells me of the pities of war

Of how they are vanishing into the air now

-

"Do we have peace now?"

I turn to The Cornerstone of Peace

Her husband's name is chiseled into it

Together with the names of 240,000 others who fell

"Do we have peace now?"

I ask the world on June 23rd

With American fighters crisscrossing the sky

With the leaves of the tropical almond trees dancing above my head

"Do we have peace now?"

I ask myself, ignorant of the horrors of war

It all weighs too heavily on me

I just want to let war disappear into the winds

And yet I must not forget her memories

I must never forget those horrors of war

I must speak of her grief

I must speak out of the preciousness of peace

-

"Do we have peace now?"

You cicadas, cry out as loud as you wish!

You tropical almond trees, grow tall

Bathe yourself in the most brilliant light!

You, old Okinawan song, be heard now

Across all borders of place and time!

Blow the strains of "Do we have peace now?"

Into the tidal winds

For the peace of today, for the peace of all time

-

I cling to her memories inside me

Linking the wonders of peace

With all that is to come

* * * * *

Poem by Chinen Masaru, translated by Roger Pulvers, special to The Mainichi. Roger Pulvers is an American-born Australian playwright, author, theater director, and translator. He has published over 40 books in English and Japanese.

June 25, 2015 (Mainichi Japan) The Asia-Pacific Journal and the translator would like to thank the Okinawa Prefectural Peace Memorial Museum for permission to reprint the poem.

Recommended citation: Chinen Masaru (author), Roger Pulvers (translator), "'Do we have peace now?' poem by Okinawa teen Chinen Masaru", The Asia-Pacific Journal, Vol. 13, Issue 27, No. 1, July 6, 2015.

The translation was originally published by The Mainichi here.



17:06 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | 連絡事項
2015/04/25

いま忘れてはならないこと-“将来への犯罪”の加害者にならないために

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者
いま忘れてはならないこと“将来への犯罪”の加害者にならないために
                             (渡辺幸重)
 人間には、忘れないと生きていけないぐらいつらい体験があると思う。だが、どんなにつらくても決して忘れてはいけないこともあるはずだ。その一つが、太平洋戦争であり、もう一つが福島第一原発事故ではないだろうか。

 東京電力の「報道関係各位一斉メール」を見ていると、今でも連日、事故後の原発の状況が流されている。たとえば、次のような内容である。
「福島第一原子力発電所における港湾内海水のトリチウム測定結果について/2月6日に採取した地下水観測孔No.2-7の汲み上げ水については、セシウム134,セシウム137の値が、前回値と比較して高く、過去最高値が検出されました」
http://www.tepco.co.jp/cc/press/2015/1248022_6818.html
「地下水バイパス一時貯留タンク(Gr3)からの排水について/本日(2月4日)午前10時4分より海洋への排水を実施していましたが、同日午後4時52分に排水を終了しました。排水量については1,679トンでした」
http://www.tepco.co.jp/cc/press/2015/1247966_6818.html

 事故が非日常の出来事であったのに対して、もはや汚染水の排水や収束作業中の人身事故は日常の出来事のようでもある。そして、原発事故に対する世間の関心はどん
どん薄れていくようにみえる。しかし、福島第一原発事故はまだ収束していない。敷地内の放射能濃度は高く、1号機建屋1階南東エリアでは最大で毎時5150ミリシーベルトという放射線量の中、作業員は被曝しながら作業を続けている。原子炉から溶融
して格納容器に漏れた核燃料はどこでどうなっているかさえわからず、1~3号機とも冷却水を入れ続けなければどんな事態になるかわからない。そこにあるのは“燃えかす”ではない。れっきとした核燃料であり、使用後であっても100年単位で厳重管理しなければならない放射性物質なのだ。それをどう取り出してどう処理すればいいのか、どのくらいの時間と費用をかけなければならないか、誰もわかっていない。それでも東京電力の経営は黒字なのに、私たちは、これから長い間、相当な負担とさまざまな犠牲を強いられることを覚悟しなければならない。
[福島第一原発の状況]
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/genkyo/index-j.html

「原発社会」の維持は“将来への犯罪”

 すでに膨大な放射性物質が、福島県を越えて広く巻き散らかされ、いまだに多くの人が避難生活を続けているにもかかわらずこの国は既存の原発を再稼働させようとしている。そして、その安倍政権への国民の支持率は下がらない。私たちは、この状況をどう考えればいいのだろうか。

 いま原発を動かす理由は何か。
 原発を動かさないと「化石燃料を使うから電気料金が高くなり、地球温暖化にも悪い影響を与える」「日本企業の国際競争力が落ちる」「景気が悪くなる」という声が聞こえる。「再生可能エネルギーは安定的な電力を供給できない」とも。さらに「賃金アップや雇用が脅かされてもいいのか」という脅しさえ加わる。

 もう一度原発事故が起きれば、日本経済はあとかたもなく吹っ飛んでしまうだろう。それだけでも議論の余地がないほどだと思うが、それを別にしても、廃炉費用や将来の使用済核燃料の処理費用などを含めると、膨大な費用がかさみ、電力料金は途方もなく高いものになることは誰の目にも明らかである。ではなぜ、破滅的なリスクや膨大な負担がのしかかるのに、原発をやめないのか。

 それは、政財界や立地自治体の行政機関にとって目先の利益を失いたくないということであろう。目先の破たんが怖いのである。あるいは本気になって「(原発が利益を生むことなく、やめるための費用ばかりかさむと)電力会社がつぶれる」「(原発による助成金や税金が入らず、廃炉の仕事だけになると)地域経済が持たない」という現実を回避することが国益につながると信じているのかもしれない。
 一方では、社会格差を拡大させ、生活の危機におびえる国民に対してわずかばかりの賃金アップや雇用保障も不可能になるという“脅し”をかける(裏返せば経済が成長し生活が楽になるという“望み”を持たせる)ことで、内閣支持率を維持しようとしているように見える。このままでは国民は原発依存の道を止められない。
 原発問題や集団的自衛権など個別的な問題では反対が多いということからわかるように、多くの人には“将来”が見えている。それをわかっていながら国民は安倍政権を支持しているのである。
 しかしながら、原発を続けることは、自分たちの目先の利益のために、将来に大きな負担や禍根、あるいは破滅的危機をわかっていながら押し付けるという“将来に対する犯罪行為”を犯すことである。「原発社会」を維持しようとしている私たちは、将来起こるであろう破滅の加害者として後世に語られることを覚悟しなければならない。

戦争やテロは、軍事力では解決できない

 同じ構造は、軍事問題にも当てはまる。安倍政権は、特定秘密保護法を成立させ、憲法を変えることなく集団的自衛権を閣議決定し、武器を輸出し、他国の軍隊を支援し、さらには自衛隊を海外の戦闘に参加させようとしている。いまや日本は尖閣諸島での一触即発で戦闘を始めるかもしれない国になってしまった。「イスラム国(ISIL)」人質問題でも明らかになったように、海外での戦闘や国内でのテロに巻き込まれる恐れも高くなった。それが妄想でないことは安倍首相の海外に対する居丈高な宣言を聞くだけでわかる。日中戦争開戦時や太平洋戦争に突入していった時代と同じ時代を私たちは迎えてしまったのである。
 世界の内戦やテロ、戦争の原因は、貧困や差別、格差である。それをなくし、人間の尊厳を取り戻す努力をしなくては根本的な解決にならないことは多くの識者が指摘しているとおりである。そのことに目をつぶり、理屈の通らないテロ集団とかテロ国家だということで相手を軍事力でひねり潰そうとしても目的は達成できない。地道に人道的な支援をし、医療を充実させ、教育を普及させ、貧困との闘いを続けなければ憎しみの連鎖が続くだけだ。
 それは紛争・戦争地域だけの問題ではなく、私たち自身の社会の質を問う作業になるはずだ。
 翻って、いま日本も世界もそういう流れにはなっていない。目先の解決に固執して、根本的な解決を先送りにしているからだ。ここでも、将来に大きな負担を残し、残虐さが増すばかりの戦争を押し付けるという犯罪に加担している。私たちもまた“将来に対する犯罪”の共犯者なのである。
 私たちはなぜ、太平洋戦争を忘れてはならないのだろうか。なぜ、福島第一原発事故を忘れてはならないのだろうか。
 それは、人間が人間らしく、平和に生きられる社会を作りたいからである。私たちは、将来の社会がより平和になるならば、大きな負担であっても引き受け、あらゆる努力をするべきだ。原発も戦争も貧困もみんな私たちが作ってきたのだから、負の遺産は私たちの手で精算しなければならない。そしてその都度、太平洋戦争や原発事故を思い出し、二度と後世の人たちにつらい、悲しい体験をさせないように思いを確かめる必要があるのだ。

“原発ゼロ・軍事ゼロ社会”の実現へ

 では、私たちはどうすればいいだろうか。ここで、過去のしがらみから逃れ、新しい社会を創ることによって“将来への犯罪”の共犯者にならない生き方を提言したい。キーワードは「生命」「非暴力」「民主」である。
 まずは、エネルギー政策を転換し、「原発ゼロ社会」をめざすことである。
 原発をやめてもすでに抱え込んでいる核燃料の処理や既存原発の廃炉処理などに大きな費用がかかる。また、一時的に化石燃料の使用量が増えるかもしれない。それでも、将来世代が担う負担はそれ以上に大きく、いつ破滅的な結果を招くかもしれないことを考えれば、選択の余地はない。
 次に、軍事力ゼロを目指す政策に転換し、平和国家への道を選択することだ。
 世界中に戦闘が広がっている中で日本はそこから逃れることはできない、国際的な責任は日本も軍事貢献をすることだという主張が幅をきかせているが、それが間違いであることは、アフガニスタンやイラク、シリアにおける経験が証明している。
 非軍事貢献の方が日本人の安全を高めることは多くの民間の支援活動家が主張しているところである。私たちは、日本国憲法第9条や国連憲章、国際条約を遵守することを世界に宣言し、戦争をしない国としての信頼を得る努力を懸命に行うことが、私たち自身を守ることになり、平和な世界を実現する道につながるだろう。

 そこで、軍事費を徹底的に削減し、福島第一原発事故で汚染された土地の復興、核燃料の処理、原発廃炉処理、原発立地自治体への支援などの費用に回すべきだ。導入を約束したF25戦闘機などの契約を破棄し、後年度負担を伴った兵器を返還し、米軍への思いやり予算を撤廃すれば膨大な予算の余裕ができる。それを、復興予算や防災、医療・福祉・教育・文化分野のための費用にまわせばどれだけ国民生活が楽になることか。それが、年金制度を支え、財政危機から脱することにもつながるだろう。

 安倍政権の原発を維持するエネルギー政策も、戦争への道を進む安全保障政策も、そして公共事業拡大や大企業優遇で国の財政破綻を招くアベノミクスも、社会格差を拡大し、“将来への犯罪”を犯すことになる。私たちがその共犯者にならないためには、まず私たちがきちんとした人生観や国の理想像を持つことだ。目先の利益に惑わされることなく、安倍政権のエネルギー政策、安全保障政策にノーを突きつけ、世界に理想を訴えよう。
 まずは、安倍政権の内閣支持率を大幅に落とすことだ。私たちが求めるのは殺し合いや競争経済ではなくて相互理解と平和であり、原発も基地も要らないのだから。
(電子雑誌『Lapiz』3月号所収 http://lapiz-international.com/

16:43 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | 連絡事項
2015/04/25

谷口さん「核兵器一発も残すな」 NGO会議で講演

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015042501001280.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
2015年4月25日 12時12分
 【ニューヨーク共同】27日開幕の核拡散防止条約(NPT)再検討会議を前に、世界の非政府組織(NGO)などが24日、ニューヨークのクーパーユニオンで国際平和会議を開き、長崎で被爆した谷口稜曄さん(86)が「青い地球を残すため、核兵器は一発も残しちゃいけません。廃絶の声を世界に広めましょう」と呼び掛けた。

 「ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ウォー」。谷口さんは講演の最後に、背中の大やけどの痕を写した自身の写真を掲げながら訴えた。立ち上がって拍手を送る人もいた。

 講演の大半は英語通訳による代読の形。痛みに苦しむあまり「殺してくれ」と叫んだことなどが語られた。


16:38 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | ニュース
2015/04/24

習主席、バンドン会議60周年記念首脳会議で重要談話

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者

http://japanese.cri.cn/881/2015/04/22/161s235478.htm2015-04-22 18:05:43
 現地時間4月22日午前、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)の60周年記念首脳会議がインドネシアの首都ジャカルタで開かれました。これに出席した中国の習近平国家主席は、「バンドン精神を広め、協力・ウィンウィンを促進しよう」と題した重要な談話を行いました。習主席はその中で、各国はバンドン精神を大々的に発揚し、絶えずそれに新しい中身を付け加え、アジアとアフリカ人民およびその他地域の人民により良い福祉をもたらすために、協力とウィンウィンをコアとする新型国際関係の構築、国際秩序と国際システムのより公正で合理的な方向への発展、人類の運命共同体の建設を推し進めていくよう訴えています。

 午前9時頃、ジャカルタコンベンションセンターに到着した習近平主席は、出迎えのインドネシアのジョコ大統領と握手し、あいさつを交わしました。90以上のアジア、アフリカ諸国の首脳や国際機構の責任者が会議に出席するため集まりました。開幕前に、習近平主席は各国の首脳と共に記念撮影をし、インドネシアの民族色豊かな出し物を鑑賞しました。その後、「南南協力を強化し、世界の平和と繁栄を促進する」をテーマにする今回の会議の開幕式で、主催国のジョコ大統領が開会のあいさつをしました。

 そのすぐ後に開かれた全体会議は、ジョコ大統領とジンバブエのムガベ大統領の共同進行により開かれました。

 習近平主席はジョコ大統領の招きに応じて、1人目として談話を発表しました。習主席はその中でまず「60年前のバンドン会議は、平和共存五原則を踏まえ、国家間関係を処理する10の原則(平和10原則)を打ち出し、国際関係が正しい方向に向かって進んでいくための重要な歴史的役割を果たした。新しい情勢の下、団結、友情、協力を内容とするバンドン精神は(現在でも)依然として強い生命力が宿っている」として、以下の3つの提案を行いました。

 1、アジアとアフリカの協力深化。新しいチャンスと試練を前に、アジアとアフリカ諸国は安危を共にし、互いに見守り助け合い、チャンスをつかんで共に試練に立ち向かい、良き友人、パートナー、兄弟としての絆を強めていく。

 2、南南協力の開拓。多くの発展途上国はいずれも発展の加速化、国民生活の改善という共通の使命を持っている。一丸となって暖を取り、支え合いながら前進していく必要がある。インドネシア側の「アジアアフリカセンター」の設立という提案を中国は支持する。

 3、南北協力の推進。相互尊重と平等の付き合いを堅持していく。先進国は、発展援助に関する公的な約束を守り、さらに、政治的条件をつけないことを前提に、発展途上国に対する支持の度合いを強め、より平等で均衡の取れた新型グローバルパートナーシップを作り、南北の格差の縮小に努めていく必要がある。

 習主席はさらに「新しい情勢の下、中国はアジア・アフリカ協力を揺るぎなく押し進め、国交を樹立している後発開発途上国に対しては年内に税目対象製品の97%にゼロ関税を適用するとともに、発展途上国に対しては引き続き政治条件をつけない援助を提供していく。中国は関連各国と共に『一帯一路』(シルクロード経済帯と21世紀海上シルクロード)の構築を推し進め、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を共に設立させ、シルクロード基金の役割を生かしていく。中国は引き続き南南協力と南北協力を推し進め、共に地域と世界の平和と安定を維持し、共通の発展と繁栄を促していく」としています。

 他にも、アジアとアフリカ諸国に今後5年間で10万人分の研修枠の提供、中国におけるアジア、アフリカ青年懇親会の継続的な開催、アジアとアフリカの青年2000人の中国への招待、中国―アジア・アフリカ協力センターの設置、国際法に特化した中国とアジア・アフリカ諸国の交流と研究プロジェクトの立ち上げ、バンドン精神の発揚をテーマとした国際シンポジウムの年内の開催などを発表しました。

 ジョコ大統領は開会のあいさつの中で、「60年前のバンドン会議はアジア、アフリカ諸国の団結を世界に見せた。バンドン精神は今日になっても重要な現実的な意義がある。昨今の国際社会では、不公平、不平等の現象が依然として際立っている。インドネシアは多くの発展途上国と共に、公平で合理的な世界の政治、経済の新秩序を積極的に押し進め、普遍的な繁栄と安定に尽力していきたい」と話しました。

 また、ムガベ大統領はあいさつの中で、「アフリカ大陸はいま、厳しい発展の課題に直面しており、インフラなど重要分野に対する国際社会の積極的な支援を早急に必要としている。アジア、アフリカ諸国はバンドン会議の精神を受け継いで、団結を強め、公平かつ均衡の取れた国際秩序に向けて一緒に努力していく必要がある」と話しました。

 2日間の日程で開かれる今回会議は、「2015バンドンコミュニケ」、「アジア、アフリカ新型戦略的パートナーシップの立て直しに関する宣言」「パレスチナ問題に関する宣言」という3つの文書の採択を予定しています。(Yan、小山)


05:30 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | ニュース
2015/04/24

バンドン会議60周年記念首脳会議における安倍総理大臣スピーチ

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page3_001191.html
アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議における安倍総理大臣スピーチ

「Unity in diversity ~ 共に平和と繁栄を築く」
(平成27年4月22日 於:インドネシア・ジャカルタ)

平成27年4月22日

英語版 (English)

韓国語(Korean)

 バンドン会議60年の集まりを実現された、ジョコ・ウィドド大統領閣下、ならびにインドネシアの皆様に、心から、お祝いを申し上げます。

 
 アジア・アフリカ諸国の一員として、この場に立つことを、私は、誇りに思います。
 
共に生きる
 
 共に生きる
 
 スカルノ大統領が語った、この言葉は、60年を経た今でも、バンドンの精神として、私たちが共有するものであります。
 
 古来、アジア・アフリカから、多くの思想や宗教が生まれ、世界へと伝播していった。多様性を認め合う、寛容の精神は、私たちが誇るべき共有財産であります。
 
 その精神の下、戦後、日本の国際社会への復帰を後押ししてくれたのも、アジア、アフリカの友人たちでありました。この場を借りて、心から、感謝します。
 
 60年前、そうした国々がこの地に集まり、強い結束を示したのも、歴史の必然であったかもしれません。先人たちは、「平和への願い」を共有していたからです。
 
共に立ち向かう
 
 そして今、この地に再び集った私たちは、60年前より、はるかに多くの「リスク」を共有しています。
 
 強い者が、弱い者を力で振り回すことは、断じてあってはなりません。バンドンの先人たちの知恵は、法の支配が、大小に関係なく、国家の尊厳を守るということでした。
 
 卑劣なテロリズムが、世界へ蔓延しつつあります。テロリストたちに、世界のどこにも、安住の地を与えてはなりません。
 
 感染症や自然災害の前で、国境など意味を持ちません。気候変動は、脆弱な島国を消滅リスクに晒しています。どの国も、一国だけでは解決できない課題です。
 
 共に立ち向かう
 
 私たちは、今また、世界に向かって、強い結束を示さなければなりません。
 
日本の誓い
 
 その中で、日本は、これからも、出来る限りの努力を惜しまないつもりです。
 
 ’’侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。’’
 ’’国際紛争は平和的手段によって解決する。’’
 
 バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろう、と誓いました。
 
 そして、この原則の下に平和と繁栄を目指すアジア・アフリカ諸国の中にあって、その先頭に立ちたい、と決意したのです。
 
 60年前、インドの農家と共に汗を流し、農機具の使い方を伝え、スリランカの畜産者たちを悩ませる流行病と共に闘うことから、私たちはスタートしました。
 
 そして、アジアからアフリカへ。日本が誇るものづくりの現場の知恵や職業倫理を共有してきました。エチオピアでは、「カイゼン」のトレーニングプログラムにより、生産性が大幅に向上しています。
 
 1993年には、アフリカの首脳たちを日本に招き、互いの未来を語り合う、TICADをスタートしました。
 
 暦はめぐり、世界の風景は一変しました。
 
 最もダイナミックで、最も成長の息吹にあふれる大地。それこそが、アジアであり、アフリカであります。
 
 アジア・アフリカはもはや、日本にとって「援助」の対象ではありません。「成長のパートナー」であります。
 
 来年のTICADは、初めて、躍動感あふれるアフリカの大地で開催する予定です。人材の育成も、インフラの整備も、すべては、未来への「投資」であります。
 
共に豊かになる
 
 共に豊かになる
 
 アジア・アフリカには、無限のフロンティアが広がっています。
 
 オープンで、ダイナミックな市場をつくりあげ、そのフロンティアを、子や孫にまで、繁栄を約束する大地へと変えていかねばなりません。TPP、RCEP、FTAAPは、更にアフリカに向かって進んでいく。私は、そう考えます。
 
 成長をけん引するのは、人材です。それぞれの国の多様性を活かすことは、むしろ力強いエンジンとなるはずです。日本は、女性のエンパワメントを応援します。手と手をとりあって、アジアやアフリカの意欲あふれる若者たちを、産業発展を担う人材へと育てていきます。
 
 アジア・アフリカの成長を、一過性のものに終わらせることなく、永続的なものにしていく。その決意のもとに、日本は、これらの分野で、今後5年で35万人を対象に、技能の向上、知識習得のお手伝いをする考えです。
 
むすび
 
 私たちの国々は、政治体制も、経済発展レベルも、文化や社会の有り様も、多様です。
 
 しかし、60年前、スカルノ大統領は、各国の代表団に、こう呼び掛けました。
 
 私たちが結束している限り、多様性はなんらの障害にもならないはずだ、と。
 
 私たちが共有している様々なリスクを再確認すれば、多様性のもとでも、結束することなど簡単でしょう。
 
 直面する様々な課題を解決するために、私たち、アジア人、アフリカ人は、結束しなければなりません。
 
 この素晴らしい多様性を大切にしながら、私たちの子や孫のために、共に、平和と繁栄を築き上げようではありませんか。
 
 ありがとうございました。

05:24 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | ニュース
2015/03/14

「今、日本は戦後最大の危機を迎えている」大江健三郎氏、鎌田慧氏

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者

http://blogos.com/article/107525/?p=1
【詳報】「今、日本は戦後最大の危機を迎えている」大江健三郎氏、鎌田慧氏が記者会見

 10日、ジャーナリストの鎌田慧氏と、作家でノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏が会見を行った。両氏は2011年、内橋克人氏、落合恵子氏、坂本龍一氏、澤地久枝氏、瀬戸内寂聴氏、辻井喬氏、鶴見俊輔氏と9名で「『さようなら原発』一千万署名 市民の会」を結成、「さようなら原発1000万人アクション」を続け、署名や集会などの活動を行ってきた。

 両氏は東日本大震災と福島第一原発事故の発災から4年を迎えるのを前に、改めて原発の再稼働反対を訴えた。

鎌田氏の冒頭発言要旨
 私たちは「さようなら原発運動」を3年以上やってきまして、世論を高めるための運動に一定の成功をしてきたと思っております。なんとか4周年を契機にして、新たな運動を作っていく力にしたいと思っております。
明日で4年になりますけれど、原発事故の状況は収束に向かうというよりも、むしろ拡散と言いますか、核分裂と同じような、日本社会の分裂に向かっていっていると思います。

 4年経ってもどこに住んだらいいのか、どういう仕事をしたらいいのか、まだわからない人が11万人以上います。こういう人たちを見捨てる形でまた原発を動かそうとしている、これは本当に、人類の叡智に対する挑戦だと思います。間違いを改めない、犠牲者を振り捨てて新たな利権に向かっていく。全く人間のモラルに反することを、今、日本政府と電力会社はやろうとしているのだと思っています。

 福島に行ってご覧になった方もいらっしゃると思いますけれど、第一原発がある大熊町、双葉町、第二の原発がある楢葉町、それから近くにある浪江町、全く人が住めない。あるのはススキの白い色と、セイタカアワダチソウの黄色い色と、汚染物をいれた黒い袋。黒と白と黄色で埋め尽くされています。
 そして100人以上の子どもたちに甲状腺がんが現れています。それから、仮設住宅に住んでいて、目の前に家があるけれど放射線に阻まれて戻れない、そういう人たちが続々と亡くなっていまして、原発関連死は1,200人以上にもなっている。そういう惨憺たる状況です。これが4年経った現実でして、これを全く解決しないうちに新たな5年目、つまり再稼働に進もうとしています。

 故郷を失い、居住する場所を失うということは、精神的なダメージが大きいわけでして、人権に関わる問題です。人間がどういうふうに生きていくのか、どこに住むのか、住む環境はどうかという、古来の人権に対する挑戦として、新たな再稼働を進めようとしています。
 20万人にも及ぶ福島の人々の夢と居住権と人権を奪って、なおかつそれに対する補償もできていない中で、川内原発とか、あちこちの危険な原発を再稼働させようとしている。これは政治的な犯罪と言っても間違いではないと思います。

 5年目に入るにあたって、ドイツからメルケル首相が来られたのは象徴的です。
再稼働しようという国と、きっぱりそれをやめて新たな道に進むという国の首相が相まみえて、これからの日本の進路を考えていく。つまり自己決定したドイツと自己決定しない日本のその対比が明らかになって、これからの原発反対運動に大きな力になっていくと思います。

 私たちは3月28日、新宿で大江さんなどの講演会を開きまして、5月3日には、みなとみらいの臨港パークで3万人規模の大集会を開きます。これは原発反対運動と戦争反対運動、全ての運動を一緒にした大運動を行いながら、新たな日本に向かってやっていこうと思っています。

大江氏の冒頭発言要旨

 私は昨日インタビューや講演をなさったメルケル首相の発表に非常に強い印象を受けたものです。
 大きい福島事故の後、日本人が本当に考えなければならないことを回避するという方向に進んできた、その4年間だったと思います。その出発点には、私どもの首相である安倍という人の考え方があります。

 それを端的に申しますと、あの原発事故が起こった後、彼が世界に向けて発言したのは、事故を起こした福島の原発は、すでにコントロールされたということでした。
これからどうなるのか、その人間的な、倫理的な、自然全体に対する全ての問題を解決しなければいけない中、すでに原発そのものの直接的な状況は回避されたと世界中に言ったんです。皆さんもお聞きになったでしょう。それを信じる人は少なくとも世界にはなかった。ところが、日本人の中には、これを信じようと考えた人々がいる。
この4年の間に、原発事故というものはそれこそすでにコントロールされたと考えているひとが多くなってきているんじゃないでしょうか。

 そして同時に、メルケル首相がおっしゃった、"ドイツは原発によるエネルギーでやっていこうとする方針を完全に放棄した、そして自分たちはそれを実現する"ということ、そして"これは自分たちの政治的決断だった"ということ。私は、この「政治的決断」という言葉が、ドイツの政治家と日本の政治家の違いを明確に示していると思います。

 非常に総合的な、多様を視点を持った重要な問題で、ドイツ人全体が人類に対して決断しなければいけない。しかしその出発点で、政治家として自分たちは強い決断を行った。そしてそれを今、実現していくことでドイツ人の現在観、将来観が固まっていく、ということをメルケル首相は言っておられる。

 私の小説をお読みになった方は、森ということ、あるいは樹木ということが重要であることを知っていただいていると思います。
 あの事故によって放射能の影響を受けた原発周辺の森林をそのまま放っておくことは出来ないと、復興を求め願い、福島の人たちはその木を伐採しました。
葉っぱも含め、集めた樹木は、8万本という大規模なものです。近づくこと、あるいはそれに触ることは非常に危険ですし、それを燃やしてしまうと、重量は少なくなるかもしれないが、放射能を大きく広げてしまうことになります。しかし、まず燃やそうと、燃やした後の灰で放射能の害を与えないように保存しよう隔離しようとしていますが、ともかく私たちは人間、子どもたちの将来を考えて言えば、この樹木が象徴的な形、象徴的な表現を示していると思います。

 メルケルさんと安倍首相が話をしたということは、私は非常に大きい、象徴的な、あるいは現実的な意味を持っている出来事だと考えています。
 メルケルさんはまず最初に、非常に高度なテクノロジーを持っている日本の人々が原発を十分にコントロールできなかったということは事実だと言われました。ドイツは福島の事故を見て、これからのエネルギーの課題として原発を用いるということは全く不可能だということを認識した、そしてそれに向かって働き始めているということです。
 それに対して安倍氏は、今いくつもの原発が稼働をやめているけれども、今年のうちに4つ、あるいは5つの再稼働を行うということを言った。そしてその方針を変える気はないとも言った。

 それに対して私たち民衆はどう考えているか。私たちはメルケルさんと安倍の態度を見て、現在の政治的な、人間的な意思、態度をいうものを完全に作り変えなければいけない、そのことをを今強く感じている。今までもそれに基づく行動はあったし、これから大きく広がっていくだろう、それを広げていきたいというのが私の考えです。

 昨日の記者会見を見て、非常にはっきりしたことは何かということをお話しました。
 もう一度繰り返しますと、日本の政治家には、この大きい原発事故という福島の悲劇がありなながら、それを全く別の方向に作り変えていくという政治的意思はないと。すなわち原発事故に対する反省、あるいは再出発という意思がまったく無い政治家が政治を決断していて、例えばメルケル首相などから、そのことについて批判する声が明瞭に示されても全く耳を貸さないという点が今の政府にあるということです。

 この日本の態度はヨーロッパに対してそうであると同時に、アジアに対しても最も明らかになっているということは、皆さんがよくご存知だと思います。今、戦後最大の危機を我が国が迎えているということだと考えています。

 今、日本の状況はこのようにフクシマ以後、光に向かって、希望に向かって進むということ無しに、現状がそのまま続けられて、しかもこれから原発の再稼働も行われる。
 次の事故が起こればこの国の現在と未来は無くなってしまうという認識が非常に広くありながら、それを作り変えようとはしない、その風習も改めようとしない。
福島、国内からの声にも、ドイツからの新しい世界の核政策についての決断、そこからの呼びかけにも全く答えないでいる政府がいる。

 それは尖閣諸島の問題につきましても、竹島、韓国の方々の言い方では独島の議題とも同じです。アジア諸国との関係も非常に悪い状態にあるということを明らかに知っていながら、政府にそれを作り変えようという意思があるとは思えない。そのための努力を何もしていない。

 その証拠に、今の首相が韓国、あるいは北朝鮮の政治家たちと話し合いをすることは途絶えたままですし、中国に対してもそうです。アメリカの占領期は別ですが、戦後、こんな日本に全くなかったことが行われて、福島以後の危機を最も全面的なものにしてしまっている。
 それが現状だということが僕の申し上げたかったことなんです。



16:25 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | ニュース
2015/03/08

交流が最善の安全保障であり、“逃げること”が最大の防衛策である

Tweet ThisSend to Facebook | by:管理者

交流が最善の安全保障であり、逃げることが最大の防衛策である

安倍政権は与那国島や奄美群島に自衛隊を置こうとし、奪われた島を奪還するための日米軍事演習をやっている。国は国境の島を国土防衛の最前線にしようとしているようだ。しかし、それは太平洋戦争のときと同じ発想でしかない。有人島は人々が穏やかに生きるところとして、無人島は漁場として、いずれも生活の場である。島は本土防衛の砦ではないのだ。

本来、国境の島は貿易をし、隣の国の民衆同士で仲良くすることで自分たちを守っている。住民の生命と生活を守るのは軍隊や軍事施設ではない。国境の島は軍事力で本土を防衛するための捨て石ではない。

国境の島は本土防衛の砦ではない

太平洋戦争では、硫黄島でも沖縄でも、太平洋の島々でも、満州でも、軍は住民を守ることはできなかった。あるいは、しなかった。また、近代戦では犠牲者の9割は民間人である。ミサイルは前線だけでなく、東京でもどこでも飛んでくる。原発にミサイルを打ち込まれれば戦争は終わるだろう。だからといって国境の島が戦場とならないわけではない。戦争は現代においても、突発的な戦闘や初期の錯乱戦から起きる。それが住民の犠牲を招く。軍隊や軍事施設があれば狙われる可能性は高く、国境に近い住民の犠牲の後に和平交渉が行われることになるだろう。

国境の島を含めた本当の平和を願うなら、国境の島を軍事要塞にする必要はない。いや、むしろ国境の島を小競り合いの場にしないためには軍事と無関係な場所にしなければならない。さらに言えば、中国やアメリカにとって国境の島である日本列島全体を非軍事化しなければ、地政学的に見て日本全体が世界の紛争の最前線になるだろう。

「殺す」ことを徹底的に拒否する

日本列島を非軍事化するというようなことを口にすると、日本を敵視する国が攻め込んできたらどうするのか、という問いが返ってくる。

以前、人生の師と仰ぐ人から問い詰められたことがある。日本列島の非武装化を主張する私に対して「君は愛する人たちが目の前で殺されることを許すのか」と。私は「外交や民間交流で友好関係を作り、戦争をしないようにする」などと説明したが「甘い」と言われるだけだった。私は「その場合、非武装でも抵抗する。私が先に死ぬ」と逃げたが、なおも攻められた。とうとう私は決して口にしないと誓っていた言葉を口にした--「愛する人たちが死ぬことになっても非暴力抵抗を貫く」と。そして、覚悟を決めた。そこで武力で対抗したとしたら非武装で抵抗した場合よりも多くの人たちが犠牲になるであろう。また、非武装の場合の方が国際的な支援を得られるだろう。そのためには、日頃から、私たちは丸裸であり、非戦の考えが堅いことを国際的に認知してもらう不断の努力を続けなければならない。

私は考えた。攻め込まれるほどの国と国との関係になってからでは遅い。しかし、もし攻め込まれれば戦うのではなく、逃げることだ。「逃げる」ことは最も人間的な防衛策である。「殺す」も「殺される」もしないことこそ積極的平和策であり、「平和国家」のあり方なのだ。

憲法第9条と国連憲章に則って、非軍事国家に

次に、なんと言っても、「戦争をしない」ことを宣言し、信用してもらうことが大事だ。平和を求め、軍事基地も軍事施設も、軍隊も持たないことを界的にアピールし、そんな国を攻撃すれば国際社会から一斉に非難攻撃され、制裁措置さえ受けかねない環境を作らなければならない。

そのための前提は、まず日本国憲法第9条である。そこには、平和主義に則って「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を高らかに謳っている。この条文のままだと、自衛隊は明らかに憲法違反であり、軍隊の海外派遣の根拠となる集団的自衛権も憲法の解釈で許されるものではない。私たちは、もっと国際社会に憲法第9条とその平和主義の精神をアピールする必要がある。憲法第9条は、日本軍に引っ張られて突入した太平洋戦争の反省に立って、私たちが望んだ平和を形にしたものなのだ。

また、国連憲章でも戦争は基本的に違法行為とされている。国連憲章第2条4項には「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と定められている。国際社会も、日本国憲法第9条と同じ理想を掲げているのである。

ジュネーブ条約を根拠に、世界に「無防備地域」を宣言する方法

その他、「無防備地域宣言」という方法もある。ジュネーブ条約には、中立地帯や非武装地帯など非戦闘員を保護する地区の指定が定められているが、第一追加議定書第59条では、無防備地域(非防守地区)が宣言された地区には攻撃を加えてはいけないことが定められてある。次の4つの条件を満たせば、無防備地域を宣言することができる。

1)すべての戦闘員並びに移動用兵器及び移動用軍用器材を撤去しておかなければならない。

2)固定の軍用施設又は設備をいかなる敵対的使用にも供してはならない。

3)当局によるも又は住民によるも、いかなる敵対行為をも行なってはならない。

4)作戦動作を支援する一切の活動を行ってはならない。

日本という国が憲法第9条を守ることができないのであれば、自治体や私たちが無防備地域宣言をすればよい。

軍事費をゼロにし、国家債務の返済、年金制度の維持、脱原発社会の確立を

平和は人類にとって最大の理想である。現実から考えても、日本は世界でも莫大な借金を抱えており、年金制度も破綻の危機を迎えている。福島第一原発事故の収束や原発のゴミの処理の費用も目途が立っていない。これらの危機を乗り越えるには、日本は「非軍事国家=平和国家」となり、軍事費をゼロとし、平和や福祉、脱原発のために回さなければならない。

                           (渡辺幸重)


22:04 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | 連絡事項