ことしの国会で成立した土地規制法。
これは、秘密保護法、共謀罪、デジタル監視法に勝るとも劣らない、悪法です。
これは、基地や原発の周辺の土地の外資による取得を禁止するものではなく、基地や原発から被害を受けている住民を敵視し、監視しようとする法律です。
その第一のターゲットはあきらかに沖縄の人々です。そして、第二のターゲットは首都圏を含む全国の基地県と原発立地県の住民です。
軍用機のすさまじい爆音に悩まされ、基地で事故が起きれば、被害を受ける住民、原発事故が起きれば、避難を余儀なくされる地域の住民たちを潜在的なテロリストであるかのような視線で監視しようとする体制が作られようとしています。
まさに、基地反対運動と原発反対運動の市民権を奪い、反対運動は危険なものだとレッテルを張ろうとしているのです。
しかし、それだけではとどまりません。第三のターゲットはあらゆる重要インフラ施設の周辺、すなわち全国に拡大できるものです。原発以外の発電所、情報通信施設、金融、航空、鉄道、ガス、医療、水道など、主要な重要インフラは何でも入りうる建付けの法となっています。
私たちが、自分には関係がないと、土地規制法に無関心でいれば、一般市民も密告と監視の対象とされ、口を封じられることになるでしょう。この法律の成立は、日本の国民全体を巻き込む戦争状況へ確実に一段階を進めたものだと考えなければなりません。基地や原発に反対してきた人々だけの問題ではないのです。
この法律をそのまま施行させたら、日本の社会は一気に戦争モードに包まれ、相互の監視システムが動き出し、隣人がスパイに見え、監視・密告社会が現実のものとなるでしょう。
法の制定に至る経過、法の問題点、必要論への反論、廃止のために一般市民ができることをまとめてみました。ぜひお読みください。
自治体での取り組みを進め、次の衆院選の争点にしたいと思います。共有大歓迎です。
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第1 土地規制法の危険性と市民の課題
1 土地規制法の成立に至る流れ
土地規制法は=自民党右派の10年越しの”宿願”であった
(1)自民党特命委員会
2011年2月10日 高市早苗議員らの勉強会
2013年10月 自民党「安全保障と土地規制に関する特命委員会」発足
2020年12月10日 同委員会が「提言」を公表。12月22日に菅首相に提出
この「安全保障と土地法制に関する特命委員会」の提言をもとに、法案は閣法として提出された。
<メンバー>
新藤義孝(委員長、元総務相)、高市早苗(元総務相)、佐藤正久、山谷えり子、木原誠二(→衆議院内閣委員長)、菅原一秀、長尾敬ら=「右派」 ※維新も5年ほど前から、繰り返し議員立法を提出していた。
<高市早苗ブログ(2021年3月1日)>
「日中間に軍事的対立が起きた場合には、中国資本系企業の日本事務所も中国の国防拠点となり得ますし、莫大な数の在日中国人が国防勤務に就くことになる可能性があります」=有事におけるヘイト犯罪を誘発しかねない危険な発言である。
(2)国土利用の実態把握等に関する有識者会議
・2020年11月9日、11月25日、12月22日に開催
<メンバー>
兼原信克(同志社大学特別客員教授、元国家安全保障局(NSS)次長)
「相手領域に撃ち込めないミサイルは抑止力にならない」
「最大の問題は日本に産官学の安全保障コミュニティがないことだ」(4月23日、毎日)
佐橋亮(東京大学准教授)、吉原祥子(東京財団政策研究所研究員・政策オフィサー) ら
・2020年12月24日に「国土利用の実態把握等のための新たな法制度の在り方についての提言」を公表、外国資本による広大な土地の取得が発生し地域住民、国民の間に不安や懸念が広がっているとした。
(3)自公で与党協議で公明党の慎重意見
これに対して、連立与党の公明党は「まるで戦時下を思わせる民有地の規制」だ(漆原良夫公明党前議員の「うるさん奮闘記」より)などと強い難色を示した。そのため、法案に個人情報への配慮条項を付加し、地域指定について「経済的社会的観点」を留意することを盛り込んで、法提案に応じた経緯があった。
2021年3月26日 法案を閣議決定(政府提出法案の提出期限を唯一超過したのも、公明党の慎重意見のせいである。)
2 法の概要
3月26日「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」が閣議決定・国会提出された。
この法律案は、規制の目的と手段があまりにも均衡を失した不出来な法律案だった。
法案は安全保障上重要な施設や国境に関係する離島の機能を妨害する行為を防止することを目的とするとしていた。
そして、自衛隊やアメリカ軍基地、海上保安庁の施設、それに原子力発電所など重要インフラ施設のうち、政府が安全保障上重要だとする施設の周囲おおむね1キロ、また国境に関係する離島を「注視区域」に指定する。
その区域内の土地や建物の所有者、借りている人さらにはその関係者までについて調査する。日本人か外国人は問わない。必要に応じて報告を求め、応じない場合には、罰則が科される。特に重要とする施設周辺や離島は、「特別注視区域」に指定し、調査に加え一定面積以上の土地や建物の売買には、事前届出を義務づける。妨害行為が明らかになれば、中止するよう勧告でき、これに従わない場合には、罰則を伴う命令を出すことができる。
3 法案審議経過と野党、市民運動の対応
(1)立憲民主党のあいまいな姿勢と危険な修正案
・BS日テレ「深層News」で立憲の広田一議員は修正案として、罰則を課しても従わない場合に物件除去にかかる行政代執行をやるべきと主張。自民の佐藤正久議員に「驚きました。我々はそこまで踏み込まなかった」と言われる始末であった。
・修正案は、調査協力拒否や届出義務違反に対する罰則は削除しているものの、中止命令に従わない場合に行政代執行という強制措置を設ける、大都市市街地の「重要施設」周辺や農地・水源地までも調査・規制の対象に含めることを提案していた。
・市民運動と党内外の自治体議員による猛抗議を受け、自民・公明も呑まず、立ち消えになった。
(2)与野党に対峙した市民運動の展開
<「重要土地調査規制法案」反対緊急声明事務局>
・NCFOJ(表現の自由と開かれた情報のためのNGO連合)有志の発案からスタートした8人ほどのチーム
・4月30日の「緊急声明」公表と300を超える賛同団体の結集
・5月11日:記者会見
海渡雄一、金竜介(自由法曹団)、奥間政則(沖縄ドローンプロジェクト)、清水早子(宮古島ミサイル基地いらない住民連絡会)、大仲尊(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)、竹内広人(平和フォーラム)
・5月25日:院内集会
海渡雄一、野村保子(大間とわたしたち・未来につながる会、原子力防災を考える函館市民の会)、木元茂夫(すべての基地にNo!を ファイト神奈川)、花谷史郎さん(農村のくらしを守る会[石垣島])
・6月8日:院内集会
海渡雄一、与那城千恵美(宜野湾市元緑が丘保育園保護者)、永井友昭(米軍基地建設を憂う宇川有志の会/京丹後市議)、金子豊貴男(全国基地爆音訴訟原告団連絡会議代表/第五次厚木基地爆音訴訟団副団長)、佐藤博文(北海道弁護士会連合会憲法委事務局長/自衛官の人権弁護団・北海道代表)
・議員・秘書へのロビイング、情報収集をもとにしたキーパーソンへのFAX等の呼びかけにより、大量のFAXが届けられた。賛同団体への情報を発信した。先手先手の情報収集と秘書との緊密な連携が鍵となった。
・沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックと「重要土地調査規制法案」を廃案にする全国超党派自治体議員団などと連携し、官邸前行動、議員会館前行動、共同院内集会などを短期間に展開した。
・メディアへの情報提供と記事掲載の働きかけによって、審議の終盤にはかなりの報道がなされるに至った。
・「国会は慣例がございますので、同種の法案の審議時間から比べると、審議時間が短いということはあり得ません」(NHK「日曜討論」)との森山自民党国対委員長の嘘発言を追及した。
・衆議院段階では修正案、付帯決議を提案し、採決にも明確に「反対」しなかった立憲が、参議院では「反対」に軌道修正し、法成立に抵抗した。「市民と野党の共闘」の一つのモデルとなった。
(3)参議院付帯決議には次のような法律を強化するような内容も含まれていることは要注意
14.勧告及び命令に従わない場合に、実効性を担保するとして、土地収用を含む強権的な措置を検討
15.水源地や農地等を規制対象に加えることを検討
16.米軍・自衛隊基地内にある民有地を注視区域、特別注視区域に加えることを検討
17.施行後5年を待たずに必要に応じて制度の見直しを検討
4 この法には立法事実が認められない
自衛隊施設周辺の外国資本による取得が相次ぎ、自治体から意見書が上がっていることを法制化の理由としていたが、意見書は1800自治体中わずか16件で、千歳市、対馬市からは出されていなかった。
これに先立つ、昨年の予算委員会では、政府は外国人の土地取得によって基地機能が阻害されているような事実(立法事実)は、明らかになっていないが、全国的に実態把握ができておらず、まずは調査をするのが重要だと答弁していた(2020年2月25日衆院予算委員会第8分科会)。
ところが、法提出後の5月11日衆院本会議で立憲民主党の篠原豪議員が、このような指摘を根拠づける立法事実があるのかを質問した。これに対して、小此木内閣府担当大臣は、安全保障のリスクを回避することを理由に「答弁は適当でない」と答弁を拒否した。
その後も、大臣の答弁は迷走し、「(立法事実を)探していかなければならないという意味も含めて何があるかわからないことについて調査をしっかりと進めていかなきゃならない」(5月26日)、「不安は雲をつかむようなもので、まずは調査しようという目的」(6月15日)などと変転し、立法事実の有無すらが秘密のベールに覆われた異常な状況で国会審議が終わり、立法事実の有無を明らかにするためにも調査が必要だという目茶苦茶な論理で、法律は成立してしまった。
5 要塞地帯法下の呉や函館では何が起きていたのか
この法律は、戦前の社会を物言えない社会に変えた軍機保護法、国防保安法とセットで基地周辺における写真撮影や写生まで、厳罰の対象とした要塞地帯法(明治32年7月15日法律第105号)を、拡大して再来させようとするものではないか。
呉市や函館市には、今も「要請地帯標」が残っている。戦前の要塞地帯法の下で、指定がなされると、市民生活上の写真撮影やスケッチまでが法違反として特高警察・憲兵の摘発の対象とされた。
この、要塞地帯法と比較すると、この法案は、事前に住民や関係者の調査が広汎に行われること、軍事施設だけでなく、原発・水源地などの生活インフラにまで監視対象を拡大している点で、より広範な規制となっているといわなければならない。
6 すべての要件があいまいで政令か総理大臣の判断に委ねられ、市民に対するプライバシー侵害の危険性がある
この法律の第一の問題点は、法案中の概念や定義が曖昧で政府の裁量でどのようにも解釈できるものになっていることだ。まず、注視区域指定の要件である「重要施設」のうちの「生活関連施設」とは何をさすのかは政令で定め、「重要施設」の「機能を阻害する行為」とはどのような行為なのかについても政府が定める基本方針に委ねている。
重要施設には自衛隊と米軍、海上保安庁の施設だけでなく、政令で指定するものを含むとされ、原発などの発電所、情報通信施設、金融、航空、鉄道、ガス、医療、水道など、主要な重要インフラは何でも入りうるものとなっている。
また、調査の対象者についてどのような情報を調べるのかについても政令に委任されている。さらに調査において情報提供を求める対象者としての「その他関係者」とは誰か、勧告・命令の内容である「その他必要な措置をとるべき旨」とはどのような行為を指すのかについては、政令で定めるという規定すらなく総理大臣の判断に委ねられている。
このように刑罰の対象とされる行為の要件が法律に明示されていない。刑罰の構成要件の明確性を求めている憲法31条に違反するといわざるをえない。
法7条は、重要施設周辺の土地・建物居住者や仕事や活動で往来している者の個人情報を収集するとしている。 「施設機能」を阻害する行為をするおそれがあるかどうかを判断するためには、その者の住所氏名などだけでなく、職業や日頃の活動、職歴や活動歴、あるいは検挙歴や犯罪歴、交友関係、さらに思想・信条などの情報が必要となる。重要施設の周辺1キロに居住したり、その地域に出入りしているだけでこれらの個人情報を内閣総理大臣に収集され、監視されることになる。法案3条は、「個人情報の保護への十分な配慮」「必要最小限度」などと規定しているが、気休めともいえる規定が実効性のある歯止めとなる保証はどこにもない。
土地規制法は思想良心の自由を保障した憲法19条、プライバシーの権利を保障した憲法13条に反するものだ。
7 密告が奨励され、軍事目的の事実上の土地収用が可能に
「機能を阻害する恐れ」があるとの理由でこれらのひとびとの行動を規制できるようになりる。さらに、法案8条は「重要施設」周辺や国境離島の土地・建物の所有者や利用者の利用状況を調査するために、「利用者その他の関係者」に情報提供を義務付けている。「関係者」は従わなければ処罰されるので、隣人・知人や活動協力者の個人情報を提供せざるを得なくなる。まさに密告を強要することになりかねない。
法案11条によれば、勧告や命令に従うとその土地の利用に著しい支障が生じる場合、総理大臣が買取りを求めることができる。命令に従わなければ処罰される。これは重要施設周辺の土地の事実上の強制収用である。
土地収用法は戦前の軍事体制の反省に立ち、平和主義の見地から、土地収用事業の対象に軍事目的を含めていない。軍事的な必要性から私権を制限する法案は憲法前文と9条によって保障された平和主義に反するものである。さらに、権利制限を受ける市民は、本来それらの指定や勧告・命令に対して不服申立てができるようにすべきであるが、法にはそのような不服申し立て手段は定められていない。
8 監視が密告を産み出す『沖縄スパイ戦史』(三上智恵さん)の教訓
(1) 沖縄差別の文脈で語られてきた沖縄スパイ戦
三上智恵さんが書かれた『沖縄スパイ戦史』を読むと、護郷隊の二人の隊長やスパイを殺害した指揮者の生い立ちが詳しく調べられ、その人物像が愛情をこめて描かれていることに驚かれる方も多いと思う。戦後も沖縄に通い、慰霊を続けた人たちのことを克明に記録している。
これまで、沖縄スパイ戦は鬼畜のような日本軍が、沖縄方言しか話せない人々を虐殺していったという、いわば沖縄差別の文脈で語られてきた。
この問題には、確かに沖縄差別の一面があることは明らかだ。日本軍にとって、沖縄の人々は日本民族の一員でありながら、半面では琉球民族という別の民族でもあり、琉球には外国経験が多い人々がいたという事情があるのも事実なのである。
しかし、そこを強調しすぎると、そんなことは日本本土では起きなかったし、今後も本土では、日本軍が日本国民をスパイに仕立て上げて殺すようなことは起きないという認識にとどめ置かれてしまう。
だからこそ、三上さんは、隊長たちが護郷隊の少年隊員たちを愛し、その命を一人でも救おうとしたことを丹念に記録している。
(2) 結局刺客を送り込まれていたヨネさん
また、みずから何人かのスパイを虐殺した竹下少尉が、スパイリストに入れられていた秘密戦の民間協力者でもあった米子さんたちを「ヨネちゃんとスミちゃんを殺すな。殺すなら俺が許さない」と周囲に厳命して、彼女たちを救おうとしたというエピソードは映画「沖縄スパイ戦」のハイライトともいえるシーンであった。
しかし、この本の中ではさらにその先の冷厳な真実が明らかにされている。映画で言えば「ネタバレ」かもしれないが、公刊された本に書かれていることですのでここに書いておく。三上さんが映画を撮り終えたあとの四回目に米子さんと会った時の衝撃的でことばである。
「『兵隊たちがね、五、六人が夜中に家に上がり込んできたんですよ。いるか!どこに寝てるか! と囁いてる声が聞こえて。私も母も、真っ暗闇の中、必死で蚊帳をくぐって裏口から転がり出て、危機一髪。裏の畑の中に身を隠して』
えっ、結局海軍は殺しに来たんですね?武下少尉が止めてくれたんでは・・・
『いや、やがてやられよったですね。銃を持って来ていましたね。もう.怖い』
これまで、会う度に米子さんの口から語られたのは、水兵たちとの束の間の交流、武下少尉に食糧を届けた話。やがてスパイリストに挙げられたという信じがたい展開と恐怖と、それでも武下少尉が二人の女性を守ろうとしてくれたことを知り、戦後に救われた思いをした話。それがパターンだった。しかしこの日初めて聞いたのは、結局、刺客が彼女のもとに送り込まれていたという残酷な結末だった。」(507-8ページ)
これだけ、三上さんに心を許した米子さんも、四回目に話す決断を付けられるまで、このような悲しい結末は話さなかったのである。スパイ戦の真実を明らかにするという作業がいかに困難な作業であるかがわかる。言葉を換えれば、スパイ戦に関することの真実を明らかにするためには、関係者の多くが鬼籍に入りながら、秘密を抱えた幾人かの人々が、お元気で、傑出したジャーナリストであり、民俗学者でもある三上さんがこぼれ落ちる貴重な言葉の端々を記録できたという歴史のタイミングが必要だったことがわかるのである。
永遠に歴史の闇に埋もれていたかもしれない貴重な記憶を本にとどめたこの「沖縄スパイ戦史」は、まさに三上さんの血のにじむような努力と歴史的なタイミングが重なることで、決して私たちが忘れてはならない戦争の真実の姿を明らかにした瞠目すべき奇跡の書であるといえる。
(3) 沖縄スパイ戦を沖縄差別の視点だけで語ることは、貴重な教訓を見落とすことにつながる
本書の「終わりにかえて」で、三上さんは次のように述べています。本書の最も大切なメッセージであり、特定秘密保護法・共謀罪・デジタル監視法・土地規制法の制定後の日本に暮らす市民にとって最も伝えたかったメッセージは、この部分ではないかと思う。
「沖縄のスパイ虐殺といえば「沖縄方言を使った」ためという、文化の違いや差別に原因を求める解説が必ずついて回るが、この視点だけを提示するのは、全体の理解を妨げる危険もあると思っている。差別の問題だけで括ろうとすると、秘密戦の構造も、今後も監視社会の成れの果てとして私たちを襲う可能性のある恐ろしい前例だという点も、逆に見えにくくなる。「国内遊撃戦の参考」五十八条に見る通り、「変節者があれば断固たる処置を取りその影響を局限する」という軍の方針は他府県の住民に対しても沖縄戦同様に徹底されていたのだ。
もちろん、沖縄に対する歴史的な差別は根深く沖縄戦に影を落とし、それが悲劇を増大させたことも見過ごしてはならない。しかし沖縄県民が差別され、その命が軽く見られていたから起きた悲劇だとだけ解釈されると、一番大事な教訓を見誤ってしまうだろう。つまりそれは、「沖縄はいざ知らず、本土に住む私たちはそう簡単に自国の軍隊に殺されたりはしない」という誤解を生むことになる。それはさらにこういう勘違いにつながる。「もしも今後、隣の国と何か物騒な展開になったとしても、沖縄にいる米軍や自衛隊が何とかする、だろう。少なくとも本土に影響が出る前に収めるはず。本土にいる国民のことは、いくらなんでも守るでしょう」と。
今、南西諸島に続々と攻撃能力を持った自衛隊の新基地が作られていき、また戦場にされたらたまらないと島々から必死のSOSが発せられている。それなのに、日本中で平和や人権について活発な市民活動を展開しているような意識の高い人々も含め、無関心を装い黙殺している人が圧倒的に多いことからも、この「自分たちは大丈夫(沖縄に何かあったとしても)」という深刻な勘違いはかなり浸透していると私は疑っている(724ページ)。
(4) 加害の側の人々の苦しみや後悔など人間的葛藤を知ることの大切さ
「特に、三人の虐殺者たち。今帰仁村の人々を何人も殺め、戦死扱いになったままひっそりと戦後を過ごしたであろう海軍の渡辺大尉や、米軍将校を血祭りにあげ大暴れし、投降する住民が許せず刃にかけた井澤曹長、住民虐殺に手を染めながらも、ヨネちゃんとスミちゃんだけは殺すなと言った武下少尉。いずれも罪もない沖縄県民を殺害しているのだから好感を持って調べはじめたわけでは到底ないが、しかし一人ひとりの個人史がわかってくると、やはり見え方は変わってくる。」(734ページ)
「たとえどんな残酷な出来事を起こして、その罪の重さは変わらないとしても、加害の側の人々の苦しみや後悔など人間的葛藤を知ったりした時に、また家族や関係者が向き合い続ける状況に接した時に、あらためてその出来事を捉えなおそうとするものである。赦しはしなくても、人は、悪の権化というレッテルをはがしてその人聞を見たり、前後の状況を知ろうとしたり、自分だったら、と考えてみる余地も生まれてくる。
そうなって初めて、この不幸な事象が意味を持ってくる。私はここにかすかな希望のようなものを感じている。戦後七五年も経ち『鬼のような日本軍が沖縄の住民を苦しめた』という大枠の中からいくつもの事象が個別に紐解かれ、なぜ加害が発生したのか、その構図も明らかにされていく。」(735-6ページ)
(5) 負の歴史こそが、本物の、騙されない強い未来を引き寄せてくる力に繋がる
「ある不幸な事象が、怒りや怨みやレッテル貼りから少し距離をおくことができるようになった時に初めて、そこに未来を救う大事な種が落ちていることに気づくのかもしれない。そしてその呪縛を解くカギは、結局は関係者がどう向き合ったか、悲しみや痛みを抱えてどう生きたかという人間の心が作り出す小さな波紋に過ぎないのかもしれない。でも私はこの本を書き進めながら、その人間の心が発する小さな波動をいくつも受け取ることができた。沖縄戦の裏側にある陰惨な事実を掘り起こしながらも、なぜか執筆期間を通して全く心が荒むことがなかったのは、大変な時代を生きた人たちの心の波動も、それを引き受けて今を生きようとする人たちの心の震えも、本当の光を見ようとしているように感じられ、その方向に私の心まで整えてくれたからだ。言い方を変えれば、負の歴史こそが、本物の、騙されない強い未来を引き寄せてくる力に繋がるということを、この人たちが私に信じさせてくれたのだ。」(736-7ページ)
本当にそのとおりだ。三上さんの本は、悲しい歴史を記した本ではあるけれども、その登場人物には人間的な魅力が輝き、明るさに満ちている不思議な本である。分厚い本だが、読み始めると引き込まれる。一読をお奨めする。
9 基地や原発の監視行動も規制の対象とされる可能性がある
米軍機による騒音や超低空飛行、米兵による犯罪に日常的に苦しめられている沖縄や神奈川などの基地集中地域では、多くの市民が自分たちの命と生活を守るために基地の監視活動や抗議活動に長年取り組んできた。自衛隊のミサイル基地や米軍の訓練場が新たに作られたり、作られようとしている先島諸島や奄美、種子島も同じ状況だ。
このように、基地や原発は自由民に被害をもたらす迷惑施設であるにもかかわらず、自分たちの命と生活を守るためにやむに已まれぬ基地監視行動が規制と監視の対象にされる可能性があるのである。
政府は、このような監視行動は規制の対象としないと答弁している。しかし、政府有識者会議の提言中には、基地監視活動を規制対象とすることを前提とした記載があるし、法文上に限定はなく、このような答弁が有効な歯止めとなるとは考えられない。
10 総理大臣の判断により「その他の協力」の名目で自治体に無限定的な協力を求められる
法22条には「内閣総理大臣は、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、関係行政機関の長及び関係地方公共団体の長その他の執行機関に対し、資料の提供、意見の開陳その他の協力を求めることができる」と定められている。国が対等であるはずの地方自治体を下請け機関のように従わせることができる内容となっている。
11 基地の周辺を外国に買い占められたらやっぱり困るのでは?
(1)外資による土地の取得を規制する法となっていない
この法案の出発点は外国資本による基地周辺の土地取得の規制にあった。そして、そもそも、その立法事実の存否そのものが疑問であることは前に述べた。
そもそも、外国資本による安全保障上重要な土地買収の問題をめぐり、自民党の前記特命委員会の提言は、土地の所有者情報を一元的に把握できるデータベース設立を含む法整備を議員立法で検討するとしていた。その上で、政府には検討中の土地管理のための関連法案を来年1月召集の通常国会に提出するよう求めたものだった。
提言では、各省庁が個別に調査している土地に関する情報を一元的に把握できるデータベースを整備する「総合的推進法」の制定を提案し、基本方針として、(1)所有者が不明な土地を利用しやすくする(2)土地関連台帳の充実(3)土地保有に関する情報連携や国民への開示を掲げていた。
そして、政府に対しては防衛施設周辺や国境離島、重要インフラ施設周辺の安全保障上重要な土地について、国籍を含めた所有者情報の収集や調査などを徹底するよう要請したのである。この後段部分だけが立法化されたのが、今回の法案だ。
(2)外資による土地取得を規制することが、内外無差別原則違反? GAT違反?
しかし、不思議に思うことは、なぜ、まず外資による基地周辺土地取得の規制をしないのかである。政府の「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」提言は、この点について、次のように述べている。
「土地を巡る安全保障上の不安や懸念としては、外国資本等による土地の取得・ 利用を問題視する指摘が少なくない。しかしながら、経済活動のグローバル化が進展する中、外国資本等による対内投資は、イノベーションを生み出す技術やノウハウをもたらすとともに、地域の雇用機会創出にも寄与するものであり、基本的には、我が国経済の持続的成長に資するものとして歓迎すべきである。
今般の政策対応の目的は、安全保障の観点からの土地の不適切な利用の是正又は未然防止であり、土地の所有者の国籍のみをもって差別的な取扱いをすることは適切でない。
また、専ら外国資本等のみを対象とする制度を設ければ、内国民待遇を規定した、サービス取引に関する国際ルールであるGATSのルールにも抵触する」
(3)基地周辺の土地の外資取得を制限すれば十分のはずである。
しかしこの政府説明はあきらかにおかしい。こんなことを言えば、放送局の株式の外資取得制限も内外無差別原則違反になるのではないか。日本国の主権にかかわる規制なのだから、外資の規制は、適切な法案を作れば法制的にも十分可能なはずである。
実際には、特定の外国を仮想敵国としながら、それを法の明文に書くことができないとして、内外平等に監視対象とするという帰結は、あまりに倒錯した論理であり、そのために必要な範囲を超えた、過度に広汎な規制となっているのである。
(4) アメリカやオーストラリアでは外資による基地周辺土地の取得を規制している。
政府の調査によれば、類似の制度として、米国では2020 年2 月に、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の審査対象に、軍事施設近傍の不動産の購入等が追加され、大統領に取引停止権限が付与されたという。オーストラリアでは、「国防法」に基づき指定されるエリア内において、建造物の撤去等が可能とされているほか、「外資による資産取得及び企業買収法」により、外国人が一定額以上の土地の権利を取得する場合には、事前許可制の対象とされている。
もし、百歩を譲って、仮に政府の説明するような立法事実が否定できないとしても、それに対する規制方法としてはまず基地周辺の土地の外資取得を制限すれば十分のはずである。
基地と原発周辺の市民全体を監視対象とし、刑罰の威嚇によって行動をコントロールしようとする重要土地規制法案は、戦前の社会を物言えぬ社会に変えた秘密保護法制の中の要塞地帯法を、事前規制・監視強化を可能とし、軍事以外のインフラ施設にまで拡大した稀代の悪法である。このような異常な法律は廃止するしかない。立憲野党の共通政策に、土地規制法の廃止を盛り込むべきである。
第2 土地規制法が監視と萎縮を生まないようにするために、いま、私たちができること
1 法施行まで政府側のスケジュール
内閣官房・重要土地調査法施行準備室によれば、来年6月22日までに施行したうえで、基本方針・政令・省令(内閣府令)は9月22日までに決定(全面施行)する。「土地等利用状況審議会」も6月22日までの施行後に設置する。
政令・省令はパブコメにかけるが基本方針はパブコメにかけないという。
2 法廃止に向けて私たちができること
(1)広範な市民に法の危険性を知らせる
・基地や原発の周辺自治体を中心に、タウンミーティングや学習会、講演会などを開催し、地元の実情を踏まえながら法の問題点を知らせていく。
・1km圏内の図を示すなどリーフレットやネットでの広報を工夫して、広い市民に知ってもらう。
・不動産取引への影響など、経済的な不利益の観点からも市民の意見を高めていく。
・ネットだけでなく新聞やテレビで問題を広く知らせる。
(2)自治体レベルでの廃止・抵抗の動きを強める
・自治体議員に働きかけ、9月議会で法の廃止を求める意見書・決議を採択してもらう(北谷市、名護市、旭川市の先例がある)。
沖縄県北谷町議会(亀谷長久議長)は18日の定例会で、「土地規制法」の廃止を求める意見書を賛成多数(賛成12反対6)で可決している。意見書では、土地規制法は「基地周辺で暮らす住民のみならず、その土地の利用者をも調査・監視できるような内容」と批判し、「北谷町のみならず沖縄全土が注視対象区域とも言われ、個人情報が入手されることなども懸念され悪法とのそしりは免れない」と危機感を示している。また、「基地周辺住民、県民全ての私権、財産権すら脅かされ、負担感は増すばかりで本来守られるべき国民は置き去りにされ本末転倒だ」として、土地規制法の廃止を求めている。
「※名護市の決議
2.本法第22条による内閣総理大臣からの情報提供要請に対し拒否すること
3.外部機関への市民の個人情報を提供する際はその個人及び法人に対し、提供した相手並びにその情報及び目的を通知すること」
・市民が請願の形で意見書や決議の採択を求めることもできる。署名活動とセットで行うのも有効。
・自治体議員、市民が首長や教育委員会、人事委員会、労働委員会、公安委員会などに法22条に基づく国への個人情報提供の拒否などの非協力を求めていく。「土地規制法非協力自治体宣言」というイメージ。
(3)選挙の争点とすることを目指す
・2021秋の総選挙に向け、野党・予定候補者の公約・政策に「土地規制法の廃止」を盛り込んでもらう。特に立憲民主党の主要政策に入れてもらうために事務所訪問、電話やFAX、メールなどでお願いする。
・法案に賛成した国民民主党を含む野党の共通政策に土地規制法のことを盛り込むことには困難が予測されるが、情報機関に対する監督の強化など、国民民主党の議員・候補とも丁寧に議論し、合意を見つけ出す努力を行う必要がある。
(4)実施段階で法を無力化する
・来年6月22日までの法施行プロセスに対して、①準備室が案を密室で作るのではなく、会議を公開しその傍聴を認めたり、自治体からのヒアリングの機会を設けるなど、プロセスを民主化・透明化させる。 ②基本方針もパブコメにかけること。 ③恣意的な運用をさせないために、明確な運用基準を作ることなどを強く要望していく。
・秘密保護法や共謀罪法などと同様に、法の廃止を求めつつ、厳格な要件を規定して適用のハードルを上げ、実質的に無力化させていくことも目標とする。
(5)軍備拡張に反対し、意図的な「有事」をつくらせない
・「台湾有事」などを口実とした南西諸島を中心とする軍備増強・自衛隊基地建設・陸上自衛隊の大演習・米軍の地上配備型長距離ミサイルの配備などに反対し、「南西諸島の自衛隊基地建設への反対」を野党の共通政策に押しあげていく。
・土地規制法のもとでも、基地監視を従来よりもさらに強化し、恣意的に「有事」が作られ、戦争に突き進むような状況を未然に食い止める。