公開日:2022/07/19 06:00 日刊ゲンダイDIGITAL
■川崎哲(ICAN国際運営委員/ピースボート共同代表)
先月21~23日にウィーンで初めて核兵器禁止条約の締約国会議が開催された。ウクライナに侵攻したロシアが核兵器の使用を示唆。その脅威に呼応するように岸田政権は、防衛費増額と防衛力強化、米国の「核の傘」を含めた抑止力と対処力の拡充を打ち出している。「核なき世界」を標榜しながら逆行する岸田首相の欺瞞に、核禁条約発効に大きく貢献し、会議にも参加したこの人が警鐘を乱打する。
◇ ◇ ◇
──現地の雰囲気はどうでしたか。
非常に前向きで盛り上がった会議となりました。参加者は世界から1000人近く。本当に核兵器は禁止し、なくしていけると強く感じました。ロシアが核の脅しを背景に侵略戦争を始め、核戦争に発展するリスクが増す深刻な状況です。だからこそ、核兵器を全面的に否定し、この運動が必要だと確認し合い、力強い宣言文と50項目の行動計画が採択された。最後にオーストリアのクメント議長が「これで道筋は示された。あとはやるだけだ」と締めくくり、多くの参加者の気持ちを代弁してくれました。
──非締約国でNATO加盟国のドイツ、ノルウェー、オランダ、ベルギー。さらに米国の「核の傘」に頼る豪州もオブザーバー参加しました。
オランダ以外は直近に政権交代が起き、新たな政権が核禁条約を重要とみなし、会議に参加。新政権の条約へのスタンスを表明したわけです。オランダは国会の多数決で政府の参加を決議。政府は行きたくなかったけど、嫌々来たのです。
──民主主義のルールを重んじたわけですね。
注目は豪州の参加です。5月の政権交代で労働党政権となり、就任したアルバニージー首相は党内でも強く核禁条約を支持し、2018年の党大会から核禁条約の署名・批准を公約に掲げています。近い将来「核の傘」から脱し、核禁条約に加わる最初の国となる可能性があります。また、豪州は政策レベルで日本政府と共同歩調を取ってきており、非核の姿勢に転じれば日本政府にも非常に大きなインパクトを与えそうです。
■本当の「橋渡し」はウィーンで行われたのです
──その日本政府は徹底してオブザーバー参加を拒み続けました。
とてもとても残念です。オブザーバーは話し合うだけで、署名を強制されるわけでもない。与党・公明党も山口代表が国会で繰り返し参加を求め、自民党内で核兵器の必要性を強調する議員でさえ、会議ぐらいは出たらという声は強かった。私たちの調査では、オブザーバー参加に賛成する国会議員は5割を超えています。
──岸田首相は「核廃絶はライフワーク」と言っているのに、オランダとは真逆の姿勢です。
岸田首相は核禁条約を「核なき世界への出口とも言える重要な条約」とも語っています。そこまで評価しておいてオブザーバー参加すらしないのは非常に残念です。被爆国のリーダー日本が何も語らないことも問題があります。
──8月には岸田首相自身が米ニューヨークで開かれるNPT(核拡散防止条約)再検討会議に出席。NPT重視の姿勢を鮮明にしています。
岸田首相は核禁条約について「核兵器国は1カ国もまだ参加していない」とし、核保有国も加わるNPTと対立関係にあるような言い回しです。しかし、核禁条約はNPTと対立していません。核兵器廃絶の目標は同じ。それはオブザーバー参加したNATO加盟国も表明し、NPTとはペースが違うだけです。締約国会議でもNPTとの相互補完性が議題となり、それを進めるファシリテーター国としてアイルランドとタイが任命されました。要は岸田首相が目指す「橋渡し役」。本当の橋渡しはウィーンで行われていたのです。
──宣言文も「NPTとの共存」をうたっています。
一緒にやっていく姿勢を明確にすればNPT側も逃げられない。来月の再検討会議で本当に核軍縮の姿勢を示せるのか。その土俵を先に締約国会議がつくったと言えます。
──それにしても、日本政府の不参加は唯一の同盟国の米国への忖度でしょうか。
オブザーバー参加5カ国とも米国と同盟関係にありますが、会議出席を理由に関係は冷え込んでいない。日本は米国に言われて嫌々参加しないのではなく、結局、主体的に不参加を判断したのです。岸田首相は政府内で反対している人たちをコントロールできていないのでしょう。1997年に対人地雷禁止条約に署名する前も、政府内では米国との関係が悪化すると反対論が強かった。それを当時の小渕恵三外相が政治決断で押し切ったのです。岸田首相は政治力不足を露呈しています。
「対応力」という新ワードは危険性を秘めている
ウィーンで開かれた核兵器禁止条約第1回締約国会議の会場(C)共同通信社
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──一方で来年のG7サミットを広島で開き、「核なき世界」を呼びかけると言っています。
G7の中だけなら日本が「核なき世界」を発信すれば褒められるのでしょうが、自分の心地のよい場所だけで訴えても仕方ありません。
──しかも、NATO首脳会談などで、防衛力強化と防衛費の増額、日米同盟の「核の傘」の抑止力と対処能力強化を国際公約しています。「拡大抑止」は「核なき世界」とかけ離れています。
矛盾していますね。拡大抑止は核軍縮の流れとも一致しません。岸田政権は軍事力で自国の安全を保つ方向に進んでいます。ムキ出しの武力による安全保障から、国際法に基づく、より洗練された安全保障という核禁条約が示す姿とも、大きく逆行しています。国際法を破ったロシアと同じ「ならず者」の行動で対抗すれば、戦後に築き上げた国際秩序や国連システムの否定につながる。もう一度、世界大戦の時代に戻ることになってしまう。そもそも、広島のメッセージは「核兵器廃絶」だけではなく、「不戦」も訴えています。岸田首相は広島の政治家として、どうかしています。もうひとつ、気がかりなのが「対処力の強化」です。
──ごく最近、使われるようになった言葉です。
対処力とは抑止力が効かなくなった場合、戦争することを意味します。ウクライナは今まさに「対処」の最中。NATOだってロシアの無謀な行動を抑止しようとしたのに失敗した。つまり大国間の核兵器を中心とした抑止力自体が破綻したのです。恐らく日米両政府は抑止力の脆弱性に気づき、日本が戦闘力をつけることで対処力を強化しようとしている。でも、対処する時点で「時すでに遅し」。緊張を緩和し、危機を排除し、戦争を回避することが重要なのに、戦争の手段を増強して抑止が失敗したら、やっちまえという流れはとても心配です。
──参院選でも多くの政党が防衛力強化を訴えていました。
自分たちは強いと思い上がると、逆に侵略者になる可能性もある。ロシアもそう思って、軍事行動を開始したわけです。ロシアのウクライナ侵攻を見ると、かつて日本が中国にしたことと酷似しています。隣国とは歴史的につながっているから一体だとの発想は大東亜共栄圏を、ウクライナ東部の傀儡国家建設は満州国建国を彷彿とさせます。軍事力強化のレトリックに乗れば過去の過ちを繰り返し、日本もロシアのような無謀な行動を起こしかねない。領土問題などは互いの自制が必要なのに、この国から自制の概念が失われつつあることに危機感を覚えます。
■核兵器の被害は広島・長﨑だけではない
──自制を取り戻す上でも、やはり日本も核禁条約に加わるべきです。
核兵器の被害は広島と長崎だけではない。核実験は全世界で行われています。米国の核実験場だった太平洋の人々にすれば、被害は継続中です。実験終了後も環境汚染は続いていますから。すでに子や孫の世代が環境問題に取り組み、締約国会議でも前面に立ち、核の被害を訴えていました。
──被爆国は日本だけではないのですね。
締約国会議で最初に発言した核被害者は、締約国のカザフスタンの男性でした。旧ソ連の核実験で被害を受けたのです。その後、日本の参加者も発言しましたが、壇上でスポットライトを浴びたカザフスタンの彼と違い、フロアから。私も複雑な心境でしたが、締約国でもなく、政府が会議をボイコットすれば被爆国としての日本の優先順位はおのずと落ちます。
──日本に対する世界の冷めた視線を感じます。
日本がオブザーバー参加すら拒み続ける限り、いずれ広島・長崎ではなく、他国の核実験被害者が「核なき世界」の先頭に立つ時代になるかもしれません。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
▽川崎哲(かわさき・あきら) 1968年、東京都生まれ。東大法学部卒業後、ピースデポ事務局長などを経て2004年からNGOピースボート共同代表。「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)では副代表や共同代表などを歴任、現在は国際運営委員を務める。