※webマガジン『Lapiz』夏号からの転載です。
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渡辺幸重
岸田政権の内閣支持率が低空飛行を続けているなかで、安倍政権時から続いている日本の軍事大国化が後戻りのできない状態にまで進んでいる。
■民主主義が破壊され「全体主義体制」が進む
教育の場で日の丸・君が代を強要し、軍事施設の撮影や記録を禁止し、周辺の土地の利用を制限し、港湾や運搬手段を自衛隊・米軍に提供することを自治体や企業が拒否できないようにし、民間用の空港や港湾を軍事利用できるように整備し、特定機密保護法やスパイ防止法で国民を監視しようとしている。国の監視・干渉は経済活動にまで及び、しんぶん赤旗が「戦争する国づくりを進める法案」と呼んだ経済安保秘密保護法(重要経済安保情報保護・活用法)が2024年5月10日、国会で審議が尽くされないまま可決成立した。日弁連や日本ペンクラブなど多くの団体が法案成立に強く反対したが、立憲民主党まで賛成に回るなど国会の機能不全(大政翼賛会化)は目も当てられない。5月30日には非常時に国が法律に規定のない事項でも自治体に指示ができる地方自治法改正案が衆議院で可決した。
一方、岸田政権は国内の兵器開発や軍事研究を推進し、殺傷能力のある武器の輸出を解禁し、米国から旧式の武器を爆買いし、沖縄の辺野古新基地建設をごり押しし、琉球弧にミサイル基地や自衛隊基地を新設し、自衛隊は米国や韓国だけでなく、インドやオーストラリア、カナダ、ヨーロッパの国々とも大規模な軍事演習を繰り返している。
これらの日本政府の政策は多くが閣議決定で行われ、国会での審議が不十分なまま、国民の目をそらしつつ進められている。権力を監視すべきマスメディアは国家権力に抱きかかえられて国の広報機関と化している。
これでは「全体主義国家」ではないか。いま自民党の裏金問題が話題になっているが、このような腐敗した政治風土がこの「全体主義体制」を作っていることを忘れてはならない。それを許しているのはこの日本列島に住む私たちではないのか。
私たちはあらゆる選挙で戦争に反対し民主主義を取り戻す候補者を応援し、次の総選挙では政権交代を実現することに全力を尽くすべきだ。現実を変えることしか私たちの人権と平和を取り戻す道はないと私は思う。
■米国に“魂”を売った岸田首相
今年の4月8日から14日まで岸田文雄首相は米国を国賓待遇の形で訪問した。報道では米議会や晩餐会で英語でスピーチし、ジョークで笑いを取り、大いに受けたということだ。バイデン米大統領は「私は岸田首相を称賛したい、彼は大政治家である」と褒めちぎった。米政府が岸田首相をこれほどまでに持ち上げるのは、「(米国のために)安倍晋三元首相でもできないことを実現した」からだという。すなわち、安倍元首相はトランプ前大統領の要請に応じて武器を爆買いし、安保法制の制定などで日本を“戦争ができる国”にしたが、岸田首相は防衛費(軍事費)倍増や安保関連3文書の閣議決定、自衛隊を米軍指揮下に置く日米軍の一体的運用、武器輸出解禁、軍事研究や経済安保、ウクライナ支援などの政策を進め、日本を実際に“(米軍と一緒に)戦争をする国”にした。それらはすべて米国の世界戦略の中に組み込まれ、結局は米本土を守るために日本列島が軍事要塞になることでもある。米国にとっては最上の“グローバルパートナー”である。
今回の岸田訪米で象徴的だったのは、岸田首相のスピーチの作り方だ。米議会上下両院合同会議での演説はレーガン元米大統領のスピーチライターが書いたものだ。また、晩餐会でのあいさつは米大統領の現役スピーチライターが書いたともいう。米国政府が日本にやらせたいことを日本の首相が代理で読んだと見える。日本側にとっては屈辱的な形だ。「日本は植民地、米国は宗主国」「日本は米国の属国」と言われることを自ら証明しているようで、情けなく思うのは私だけではないだろう。
岸田首相は、米議会演説で「日米は『自由と民主主義』の仲間」であり、「日本は米国と共にある」と高々と宣言した。しかし、日本国内では民主主義が破壊されている。また、岸田首相は「広島出身」として「核兵器のない世界」の実現という目標にささげてきたとPRし、「核拡散防止条約(NPT)体制の再活性化と、国際的機運の向上」に取り組んできたと言うが、ならなぜ核兵器禁止条約に賛成しないのか。「東京育ち」の岸田首相が日本を全体主義国家にし、「米国の下に」自らの権力を維持しようとしているだけではないのか。
軍事、原発、リニア、万博、戦争...と現在日本が抱える問題を考えると、この国が亡びるという危機感しか出てこない。岸田首相が帰国したあとの4月26日、ブリンケン米国務長官は北京で中国の王毅共産党政治局員兼外相と会談した。昨年11月にはバイデン大統領と習近平国家主席が約1年ぶりに米中首脳会談を行った。米国にはいくつもの顔があり、したたかな外交を繰り広げているのだ。岸田首相が「米国は独りではない」と言っているうちに「日本が独り」になり、日本は亡びるのではないだろうか。
■平和憲法を生かす「政権交代」を
第二次世界大戦後に成立した日本国憲法は、憲法違反を繰り返す日本政府によって死文化され、改憲の危機にさらされている。しかし、軍事大国化が進み、戦争の足音が聞こえるいま、私たちが拠るべきものはやはり日本国憲法だ。1947年8月に刊行された中学1年生用の教科書『あたらしい憲法のはなし』(文部省)は、憲法前文の「民主主義」「國際平和主義」「主権在民主義」の大原則を示したあと「前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならない」「この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならない」と明言している。改憲論者を含め私たちはこの意味を正確に受け取り、権力者の護憲義務を主張すべきだ。
同書には戦争放棄について、「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」とはっきり“正しいこと”を示している。日本国民は日本憲法で「けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしない」「國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしない」ことを決めたとし、「よその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆける」という道を憲法が示しているとする。
私たちは亡びる道を選ぶのか、栄える道を選ぶのかの「覚悟」が必要だ。それは岸田首相がアメリカで語ったような「アメリカにこびた覚悟」ではない。決してアメリカのスピーチライターが書いた“軍事大国への道”ではないことは明白だ。私たちは自らの意思で国際平和を実現するための行動を示すべきだ。次の総選挙ではっきりと示さなければならない。
国内では自民党の「裏金問題」が大きく取り上げられ、政治不信が拡大している。世論調査では「政権交代を望む」という国民の声が大半を占めるという。文字通り信じるわけにはいかないが、いまこそ自公政権に鉄槌を下し、政治を変えるときであろう。野党候補者も含め、一人ひとりの政治家の意識や政策を見定めて民主主義を取り戻し、軍備増強を止めるための国民的大運動を起こし、政権交代を果たさなければならない。
『あたらしい憲法のはなし』は「みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう」と呼びかけている。