「軍学共同反対連絡会NewsLetter」№69(2022.08.02)掲載の以下の論考
■日本学術会議「軍事目的研究についての立場に変更ない」
読売新聞の世論誘導に惑わされず、問題の所在を見るために
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日本学術会議「軍事目的研究についての立場に変更ない」
読売新聞の世論誘導に惑わされず、問題の所在を見るために
◎レトリックに満ちた読売新聞報道
7 月 27 日朝、読売新聞は、a 学術会議の小林大臣への書面で、b デュアルユース先端科学技術研究について軍事に無関係な研究と二分することは困難で事実上容認する見解をまとめたと報じ、c 軍事研究に反対する立場だが踏み込んだ考え方を示したとコメントしている。d そして「見解」では、科学技術を(軍事への)潜在的な転用可能性をもって峻別することは現実的ではないとし、研究の公開と安全保障のバランスの考慮を大学などに求めたと紹介している。e これまでの学術会議の姿勢が技術革新を妨げてきた、可能性につながる研究を規制すべきではない、との識者のコメントを付記している。
この記事は全体として、「軍事研究に反対してきた学術会議は、軍民両用技術の研究にも反対し、技術革新を妨げてきたが、今回軍民両用技術研究の容認に転じ、安全保障面の考慮を大学などに求めた」ということを伝えている。そして、文章上は書かれていなくても読み手に「学術会議は軍事研究容認に転じた」と印象つけるレトリックに満ちている。
本稿で検討する問題点をまず指摘しておこう。
a. 書面が出された経緯や趣旨は記されず、その中の言葉が断片的・恣意的に取り上げられている。
b. デュアルユース(両用)の先端科学技術研究と軍民両用技術研究の概念を曖昧なまま混同させ、学術会議はデュアルユース研究を認めてこなかったという虚偽の事実を捏造し、今回の容認が転換であるかのように取り上げる。そして軍事に無関係な研究(この定義も不明)と区別できないということで、軍民両用技術研究容認=軍事に関係する研究容認≒軍事研究容認と思わせる。
c.何をもって、どこに向かって踏み込んだか曖昧。軍事研究反対から踏み出したと読者に思わせる。
d. 見解の断片のみ記している。また(軍事への)と読売が挿入することで、軍事容認を印象付けている。
e. 誰の発言か。どういう脈絡の中の発言か隠蔽。防衛省の制度での研究をとめられた研究者の発言?
a~d については後で検討する。次にこの報道を受けて起きた事態をまとめておこう。
◎読売報道の波紋と学術会議の反論
27 日正午には早くも「軍事研究絶対反対!の学術会議が“白旗”」という記事がネットに掲載され(https://sakisiru.jp/32822)、Twitter には学術会議への誹謗が飛び交った。
さらに午後の読売テレビニュースは「学術会議はこれまで軍事目的の研究は行わないとの立場でしたが、AI や量子技術など、安全保障分野の研究を進める上でデュアルユースを事実上容認した」と報じた。あたかも学術会議が軍事研究反対の立場を変えたと思い込ませるような報じ方である。
16 時から学術会議の定例記者会見が行われた。読売が報じた「25 日の書面」もこの記者会見資料として配布された。読売以外の他社は記者会見後、夜のニュースや 28 日朝刊で報じた。またこの記者会見では、読売の報道に対する質問がなされ、学術会議は“軍事目的の研究についての立場に変更ない”と説明している。(学術会議 HP の「トップニュー
ス」の 7 月 27 日記者会見を開くと次ページに掲載した二つの資料や「論点整理」を見ることが出来る。)
記者会見を受けて NHK は 27 日夜のニュースで「日本学術会議 “軍事目的の研究についての立場に変更ない”」と次のように報じた。「日本学術会議は、軍事にも転用可能な科学研究について説明を行い、軍事目的の研究についての立場に変更はないという認識を示した。…学術会議が公表した見解を元に、軍事研究への対応が変化したかのような報道が一部にあったとして幹部が説明した。純粋な科学研究と軍事に転用が可能な研究について、単純にわけることは難しく、扱いを一律に判断することは現実的ではないという認識は以前から公表しているもので変わっていないと説明した。(以下略)」
他紙も「軍事目的の研究には反対の立場を変えていない。…軍民両用研究については 17 年にも今回と同様の考えを示し事実上容認している」(日経新聞デジタル 27 日 17 時)、「2017 年声明でもデュアルユース技術について…研究を一律に禁止せず、研究資金の出どころをもとに慎重に判断するよう求めていた。」(朝日新聞28日朝刊)と報じた。
◎政府の学術会議改革に向けた世論誘導?
それに対し読売新聞は 29 日に「学術会議見解、対立収拾し研究開発促進せよ」と題する社説を掲載27 日の恣意的な記事をそのまま踏襲したうえで、「今回の見解について学術会議は、考え方を変えたわけではないと説明しているが、政府は前向きに評価したいと歓迎している」と政府の意向を前面にだして学術会議に方針転換を促している。
さらに夕刊フジは 29 日「「軍民両用」容認偽装か 日本学術会議の真意と魂胆」と題する記事を掲載。その中で「年間 10 億円もの血税が投入されながら、特定の政治勢力の影響力が強く、自国の防衛研究に過度なブレーキをかけてきたが、軍民両用の先端技術研究を容認する見解を正式に表明したのだ。ただ、軍事研究を否定してきた過去の声明からの決別を拒否している報道もある。…梶田会長の見解表明は、学術会議の〝方針転換〟と信じたいが、気になる報道もある。…学術会議への「廃止・民営化」論を阻止する、目くらましではないのか。」と学術会議を攻撃している。
また小林科学技術大臣 7 月 29 日の記者会見で、「学術会議のあり方を検討中で、自己改革の内容も踏まえて近く方針をまとめる」と言明した。1月にCSTI が学術会議改革を巡る議論のとりまとめ(ニュースレター68 号参照)を小林大臣に提出した際、政府の責任で夏までに方向を出すと言明していたが、その期限が迫る。政府がどのような方針を出し、学術会議がどう対応するのか、その内容はまだわからないが重要な局面を迎えている。読売の記事はその為の世論誘導だったのだろうか。
政府の学術会議改革の狙いやそれに対する学術会議の今後の対応を考えていくためにも、今回の事態の奥にある問題を正確に見ていく必要がある。
今、デュアルユースの問題が浮上した経緯読売が報じた「25 日付書面」は突然出てきたものではない。学術会議科学者委員会は昨年来「研究インテグリティ」について検討し、その「論点整理」がまとまったので 7 月 22 日に梶田会長がメッセージと共に小林大臣に手渡した。その時大臣が示した2点への回答が 25 日付書面だった。
22 日の会長メッセージで書かれているように、経済安保法が成立した中で、アカデミアの自律や学問の自由を守る観点での検討であリ、そこにはデュアルユースという言葉自体がなく、研究の多義性というより大きな枠組みで考えられていた。それを受けとった小林大臣があえてデュアルユースについて質問し、それへの 25 日の回答を「転換」と報じたのが読売だった。
◎「用途の多様性・両義性」を軍民両用にすり替え
7 月 22 日文書でわかるように、学術会議は先端・新興科学技術に内在する「用途の多様性・両義性」を問題にしデュアルユースは使っていない。デュアルユースとは、言葉本来の意味は「両用」だが、アメリカの軍事技術論で「軍民両用性」として用いられ、日本でもその意味で使われている。
しかしアメリカでも、炭疽菌を用いたバイオテロを契機に議論がはじまり、2004 年に「同じ技術が人類の利益のため合法的に使用される可能性と、バイオテロリズムに悪用される可能性を包含する」という用途両義性として定式化された。またイギリス議会科学技術局は、「ある科学の産物が善用も悪用もされうるとき、また有益な応用のやり方を阻害することなしに悪用を防ぐことが不確定であるとき」にデュアルユース・ジレンマが生じると述べている。
ここで「悪用」とは「民生的状況あるいは軍事的状況において、意図的に反倫理的な形で科学を使うあらゆる振る舞い」と定義されている。
(以上は、河村賢・標葉隆馬「萌芽的科学技術をめぐるデュアルユース問題を考えるために」大阪大学社会技術共創センター発行.2020 を参照した)
日本で軍民両用性と理解されている「デュアルユース」を学術会議が使わなかったのは、民生利用であっても反倫理的な形で科学を使う問題が生じるなど広い意味での「用途の多様性・両義性」を問題にしているからである。そして小林大臣が挑発的にデュアルユースを問うたことに対して、「先端、新興科学技術には、用途の多様性ないし両義性の問題が常に内在しており、従来のようにデュアルユースとそうでないものとに単純に二分することはもはや困難」と答えたのである。つまり軍民両用か否かという枠組みで二分できないと答えたのである。
その回答を、読売新聞は「デュアルユース(両用)の先端科学技術研究について、軍事に無関係な研究と「単純に二分することはもはや困難」とし、事実上容認する見解」と報じた。
上記の二つの文章を比べれば、読売新聞が恣意的に学術会議見解を捻じ曲げていることは明らかだろう。「デュアルユース㲗そうでないもの」を「軍事に関係する研究㲗軍事に無関係な研究」とすり替え、事実上容認する見解と勝手に解釈している。何を容認するか明示していないが、軍事に関係する研究の容認だと思い込ませるレトリックである。
さらに学術会議は「基礎研究と応用研究を明確に分かつのは困難」であることも指摘し、「科学技術そのものを潜在的な転用可能性に応じて事前に評価し、規制することはもはや容易とは言えず、より広範な観点から研究者及び大学等研究機関がそれを適切に管理することが重要」と提起している。この場合も軍事転用だけの問題ではない。例えばゲノム技術の医療への反倫理的な適用が問題となっているが、それを事前に評価し規制することは難しい。
このような学術会議の問題意識を無視し、読売新聞は(軍事への)を恣意的に挿入し、「科学技術を(軍事への)潜在的な転用可能性をもって峻別し、その扱いを一律に判断することは現実的ではない」と報じた。こうして学術会議が今回出した見解は、軍事転用可能な研究についてこれまで一律に判断してきたことは現実的ではなかったと思わせるように捻じ曲げられたのである。