今年の5月15日で沖縄は日本復帰50周年を迎えました。この日を前に玉城デニー・沖縄県知事は5月10日、日米両政府に対して「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を手渡しました。内容は、復帰前に沖縄県民が望んだ「沖縄を平和の島とする」ことが実現されていないことから、あらためて「基地のない平和な島」が沖縄県と日本政府の共通の目標であることを確認し、米軍普天間飛行場の速やかな運用停止や名護市辺野古の新基地建設断念、日米地位協定の改定などを求めるものです。では、なぜこれが「新たな建議書」なのでしょうか。実は、50年前にも沖縄から日本政府と国会に向けて建議書が出されているからです。
無視された沖縄からの声「復帰措置に関する建議書」
沖縄の日本復帰に合意する沖縄返還協定(「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」)は1971年6月に日米間で調印され、第67回臨時国会(通称「沖縄国会」)で審議に付されました。そして、同年11月17日午後3時14分、衆議院の沖縄返還協定特別委員会において与党自民党が不意打ちの形で審議打ち切りを強行し、自民党の賛成多数で沖縄返還協定の批准書が承認されたのです。この強行採決の3分後、午後3時17分に琉球政府の屋良朝苗・行政主席は日本政府と国会に提出する「復帰措置に関する建議書」を携え、羽田空港に降り立ちました。しかし、その建議書は特別委員会の採決に間に合わず、国会は沖縄の最後の声を聞くことなく沖縄返還協定批准を進めたのです。協定は11月24日に衆院本会議で、12月22日に参院本会議で可決されました。1972年5月15日に協定は発効し、沖縄は日本復帰を果たしましたが、その日の記念式典での屋良新知事の表情は厳しく、苦悩と怒りに満ちていました。挨拶では「沖縄の復帰の日は、疑いもなくここに到来しました。しかし、沖縄県民のこれまでの要望と心情に照らして復帰の内容をみますと、必ずしも私どもの切なる願望が入れられたとはいえないことも事実であります。そこには、米軍基地の態様の問題をはじめ、内蔵するいろいろな問題があり、これらを持ち込んで復帰したわけであります。したがって、私どもにとって、これからもなおきびしさは続き、新しい困難に直面するかもしれません」と述べています。当日は雨の中で沖縄県祖国復帰協議会による「沖縄処分抗議県民大会」が開かれ、約1万人が参加しました。
沖縄返還協定および6つの関連文書によると、日米両政府間で、(1)返還後の沖縄には安保条約を含む日米間の条約・協定を適用すること、(2)返還と同時に現在の米軍基地の大部分を施設・区域として再び提供すること、(3)沖縄県民の対米請求権を原則的に放棄すること、(4)アメリカ資産の引継ぎなどの代償として日本側が3億2,000万ドルを支払うこと、(5)裁判の効力を原則的に引継ぐこと、(6)VOA放送を返還後も暫定的に存続させること、などが取り決められています。これに対し、屋良主席の下で作成された「復帰措置に関する建議書」は、「基地あるがゆえに起こるさまざまの被害公害や、取り返しのつかない多くの悲劇等を経験している県民は、復帰に当たっては、やはり従来通りの基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおります」とし、(1)地方自治権の確立、(2)反戦平和の理念を貫く、(3)基本的人権の確立、(4)県民本位の経済開発-を骨格に復帰後の沖縄像を描き、米軍基地撤去などを日本政府に強く求めています。屋良知事は県民の願いが通らなかった無念の思いを「軍事占領支配からの脱却、憲法で保障される日本国民としての諸権利の回復、そして沖縄県民としての自主主体性の確立、これらが私たち県民にとって、全面復帰のもっている内容です。もっと簡単明瞭にいいますと、“人間性の回復”を願望しているのです。きわめて当然な願望であり要求です」と記しています(『沖縄はだまっていられない』)。
新建議書「日本政府は平和的な外交・対話により平和の構築を」
復帰50周年の今年、新建議書をとりまとめた玉城デニー・沖縄県知事は記者会見で「50年前の建議書は今も生き続けていることを確認し、県民の魂を込めて今回取りまとめた」と述べました。50年前の建議書の多くは現在に至るも実現しておらず、基地問題は構造的で差別的であり、早期解決が必要だというのです。このことは沖縄のみでなく国民一人ひとりの生活にも密接に関わる重要な問題であるとし、日本政府に対して、平和・経済・交流など武力によらない手法によって、アジア太平洋地域の現在および将来にわたる安定した発展を図る外交に取り組むよう求めているのです。
新建議書は次の4点を求めています。
1 沖縄の本土復帰において「沖縄を平和の島とする」ことが沖縄県と政府の共通の目標であることを改めて確認し、これを含めた沖縄の本土復帰の意義と重要性について国民全体の認識の共有を図るとともに、50年前の「復帰措置に関する建議書」に掲げられた「地方自治権の確立」、「反戦平和の理念をつらぬく」、「基本的人権の確立」、「県民本位の経済開発」等の考え方を尊重し、自立型経済の構築及び「基地のない平和の島」の実現に一層取り組むこと。
2 「沖縄県民総意の米軍基地からの『負担軽減』を実行」するよう求めた建白書の趣旨も踏まえ、在沖米軍基地の更なる整理・縮小、日米地位協定の抜本的な見直し、基地の県外・国外移設、事件・事故等の基地負担の軽減、普天間飛行場の速やかな運用停止を含む一日も早い危険性の除去、辺野古新基地建設の断念等、構造的、差別的ともいわれている沖縄の基地問題の早期の解決を図ること。
3 日本国憲法が保障する「民主主義」や「地方自治」について、正当な手続により示された民意や、地方公共団体が自らの判断と責任で行政を運営するという原則を尊重し、日本国憲法に掲げる理念の追求に向け不断に取り組むこと。
4 我が国を取り巻く国際情勢を踏まえ、アジア太平洋地域において、武力による抑止が国・地域間の緊張を過度に高め、不測の事態が起こることのないよう最大限の努力を払うとともに、平和的な外交・対話により緊張緩和と信頼醸成を図ることで同地域の平和の構築に寄与するなど、我が国が国際社会において名誉ある地位を占めるべく積極的な役割を果たすこと。その際、独自の歴史や多様性を持つ沖縄を最大限活用すること。
戦争反対・平和外交を訴える「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」発足
沖縄では今年の1月31日、「ノーモア沖縄戦 命どぅ(ヌチドゥ)宝の会」が発足しました。同会では政治信条や政党支持の垣根を超えて「戦争反対」「外交で平和を築け」の声を結集し、各国政府や国連などを含む国内外に伝えようとしており、アメリカ・中国・韓国の首脳(元首)に対して琉球弧の島々を戦場にしないことを訴える手紙を直接送るなどの活動にも取り組んでいます。新建議書と同じように「平和で豊かな沖縄の実現」を民間の立場で訴えようというわけです。同会では全国各地域で同様の団体を立ち上げることを呼びかけており、「いかなる名目であっても戦争を起こしてはなりません」「戦争へと暴走する日米両政府の拙速な軍事行動を止め、対話による平和を求める世論を作り出し、その力で無謀な戦争を止めましょう」と訴えています。
[参考資料]