日本政府のコロナ対策への“無能無策”ぶりに日本国民は怒りを超えて諦めの境地に追いやられているなか、裏で憲法改正(改悪)や軍備増強が急ピッチで進んでいる。国会閉幕日の6月16日の未明には参議院で「重要土地等調査規制法案(重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案)」が強行採決された。これは特別秘密保護法や安保法制などと同じように日本憲法の平和理念を無視した戦争への道を進む法整備の一環である。なぜ、メディアはきちんと報道もせず、国民は無関心なのか。なぜ、日本社会は戦前と同じ道をたどろうとしているのか。このままでいいはずがない。
◎「重要土地等調査規制法」の内容
「重要土地等調査規制法案」は6月1日の衆院本会議を通過し、6月16日に自民党・公明党・日本維新の会・国民民主党などの賛成多数で可決され、成立した。今国会では、相次ぐ国会議員の不祥事から当選無効となった国会議員の歳費返納を可能にする歳費法改正の成立が見送られ、差別を許さないとする性的マイノリティー(LGBT)の人たちへの理解を促進するための法案は提出さえされなかったのに対して、国民投票法改正案と重要土地等調査規制法案は特別扱いで無理矢理成立させた。安倍・管政権の改憲・軍事管理国家への飽くなき執念を見た感がする。
重要土地等調査規制法は自衛隊基地や原発周辺、国境離島など安全保障上重要な施設周辺の土地利用を規制することを目的とする。国民に周知されず、議論もほとんどされなかったこの法律の内容は次のようになっている。
【目的】
「重要施設」の周辺の区域内及び「国境離島」等の区域内にある土地・建物が「重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為」に利用されることを防止する
【対象(土地及び建物)】
<重要施設とは>
①「防衛関係施設」:自衛隊の施設、日米安保・地域協定に基づく施設及び区域
②海上保安庁の施設
③「生活関連施設」:国民生活に関連を有する施設(政令で定める)
<国境離島等とは>
④領海及び接続水域に関する基線を有する離島
⑤領海等の保全に関する活動の拠点となる有人国境離島
【政府が決定する「基本方針」】
・次の事項に関する基本的な方針を閣議決定する。
①重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地・建物の利用の防止
②注視区域及び特別注視区域の指定
③注視区域内にある土地・建物の利用の状況等についての調査
④注視区域内にある土地・建物の利用者に対する勧告及び命令
⑤そのほか、重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地・建物の利用の防止
【注視区域及び特別注視区域の指定】
・内閣総理大臣は、あらかじめ関係行政機関の長に協議するとともに土地等利用状況審議会の意見を聴いた上で、「重要施設の敷地の周囲約1,000mの区域内」及び「国境離島等の区域内の区域」で、その区域内にある土地・建物が「当該重要施設の施設機能」又は「当該国境離島等の離島機能」を阻害する行為に利用されることを特に防止する必要があるものを「注視区域」として指定することができる
・内閣総理大臣は、注視区域の重要施設・国境離島等が、その機能が特に重要なもの又はその施設機能を阻害することが容易であって他の重要施設・国境離島等による機能の代替が困難である「特定重要施設」「特定国境離島等」である場合、当該注視区域を「特別注視区域」として指定することができる
【国が行う行為】
・「土地等利用状況調査」:内閣総理大臣は、注視区域内にある土地・建物の利用の状況についての調査を行う
・「利用者等関係情報の提供を要求」:内閣総理大臣は、土地等利用状況調査のために必要がある場合、「関係地方公共団体の長その他の執行機関」に対して、土地・建物の利用者その他の関係者に関する情報のうちその者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる
・「利用者その他の者に対する報告、資料の提出を要求」:内閣総理大臣は、必要があると認めるときは、注視区域内にある土地・建物の「利用者その他の関係者」に対し、当該土地・建物の利用に関し報告又は資料の提出を求めることができる <第8条>
・「利用者に対する勧告及び命令」:土地・建物の利用者が「重要施設の施設機能」又は「国境離島等の離島機能」を阻害する行為の用に供し、又は供する明らかな「おそれ」があると認めるときは、土地等利用状況審議会の意見を聴いて、「利用者に対して」土地・建物を当該行為の用に供しないことその他必要な措置をとるべき旨を勧告することができる <第9条第1項>
・「措置命令」:内閣総理大臣は、勧告を受けた者が、正当な理由がなく勧告に係る措置をとらなかったときは、当該措置をとるべきことを命ずることができる <第9条第2項>
⇒[付帯決議]第9条の勧告及び命令に従わない場合には、収用を含め、更なる措置の在り方について検討すること
・「土地収用法による裁決」:内閣総理大臣は、利用者が勧告に応じた場合の損失を補償する。損失の補償に関する協議が成立しない場合には、内閣総理大臣又は損失を受けた者は、収用委員会に土地収用法の規定による裁決を申請することができる
・「土地・建物に関する権利の買入れ」:内閣総理大臣(又は国の行政機関の長)は、所有者から当該土地・建物の利用に著しい支障を来すことにより権利買い入れの申出があった場合は、特別の事情がない限り買い入れる
【所有者・利用者の義務】
・「特別注視区域内での土地・建物に関する所有権等の移転等の届出」:特別注視区域内にある土地の面積・建物の床面積が200㎡以上の場合の所有権等の移転又は設定をする契約を締結する場合には、当事者は、次に掲げる事項をあらかじめ、内閣総理大臣に届け出なければならない <第13条第1項>
(1)当事者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
(2)当該土地等売買等契約の対象となる土地・建物の所在及び面積
(3)当該土地等売買等契約の目的となる土地・建物に関する所有権等の種別及び内容
(4)当該土地等売買等契約による土地・建物に関する所有権等の移転又は設定後における当該土地等の利用目的
(5)前各号に掲げるもののほか、内閣府令で定める事項
・前記の土地等売買等契約を締結したとき、当事者は売買等契約を締結した日から起算して2週間以内に前記各事項を内閣総理大臣に届け出なければならない <第13条第3項>
⇒[国は]届出があったときは調査を行う
【罰則】
・第9条第2項(「措置命令」)の規定による命令に違反したときは2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する
・次の各号のいずれかに該当する場合、当該違反行為をした者は6カ月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する
(1)第13条第1項の規定に違反して、届出をしないで土地等売買等契約を締結したとき
(2)第13条第3項の規定に違反して、届出をしなかったとき
(3)第13条第1項又は第3項の規定による届出について、虚偽の届出をしたとき
・第8条の規定による報告、資料の提出をせず、又は第8条の規定による報告、資料の提出について虚偽の報告をし、もしくは虚偽の資料を提出したときは30万円以下の罰金に処する
◎国民の“知る権利”を奪い、思想・良心の自由や表現の自由を制約
独裁者・国家(軍国)主義者はあいまいな法律を恣意的に操ることで民衆の権利を奪い、弾圧する。今回の重要土地等調査規制法はその典型である。刑罰に直結する「注視区域」「重要施設」「監視の対象者」「調査される事項の範囲」「調査の主体」「阻害行為」などあらゆる法概念があいまいで、これらの内容は基本方針として閣議で決めるという。このままでは日本国憲法と国際人権規約に反して基本的人権を侵害する運用がなされ、自衛隊基地や米軍基地、原発などの実態がベールに覆われる事態になるだろう。
この法律の成立前から297の市民団体の反対声明をはじめ法曹界や野党、メディアなどから反対や疑問の声が挙がり、成立後は抗議と廃止を求める運動が続いている。東京弁護士会の「『重要土地等調査規制法』強行可決に抗議し、同法の廃止を求める会長声明」(2021年06月24日)は次の①~④のような「重大な問題」を指摘している。
①「注視区域」「特別注視区域」「重要施設」の指定基準、「重要施設」及び国境離島等の「機能を阻害する行為」とその「明らかなおそれ」の判断基準が明確でなく、それが政府の裁量で決められるため、国民の権利自由が不当に制約されるおそれがある
②内閣総理大臣の権限によって、不明確な要件のもとで地方公共団体の長による調査・報告等がなされ、土地・建物利用者に報告義務や資料提供義務を課すことは、土地・建物利用者の思想・良心の自由(憲法第19条)、表現の自由(憲法第21条)、プライバシー権(憲法第13条)を侵害するおそれがあり、また、刑罰法規の明確性を欠く点において罪刑法定主義(憲法第31条)に反する疑いが強い
③内閣総理大臣が、不明確な要件のもとで注視区域内の土地・建物利用者が自らの土地・建物を「機能を阻害する行為」に供し又は供するおそれがあると認めるときに、刑罰の制裁の下、勧告及び命令を行い、当該土地・建物の利用を制限することは、土地・建物利用者の財産権(憲法第29条)を侵害するおそれがあり、罪刑法定主義違反の疑いもある
④以上のような規制の結果、例えば自衛隊や米軍の施設の周辺において、施設の拡充や施設利用の在り方について異議を表明したり抗議活動をしたりすることに対し、注視区域内の土地・建物利用者が不明確な要件のもとで利用制限や規制、刑罰を科せられることになりかねない。これは、思想・良心の自由や表現の自由を大きく制約し、ひいては民主主義の基盤をも危うくする
最後に声明は、「本法の強行可決に強く抗議し、本法の速やかな廃止を求めるとともに、恣意的な運用を阻止するために引き続き活動する決意である」と結んでいる。
◎調査・規制の対象となる「注視地域」
政府が提出した注視区域の指定候補リストによると、防衛関係で「注視区域」の対象となる施設は四百数十ヶ所あり、①部隊等の活動拠点(陸自習志野駐屯地、陸自立川駐屯地、海自下関基地など)、②部隊等の機能支援(大和、宇治、東北町など)、③装備品の研究開発(下北、目黒、相模原など)、④防衛関連の研究(土浦、富士、江田島など)-の4類型が示された。また、防衛関係で「特別注視区域」の対象となる施設は百数十ヶ所で、①指揮中枢・司令部機能(防衛省本省がある市ヶ谷庁舎、朝霞、横須賀、在日米軍司令部の横田基地など)、②警戒監視・情報機能(与那国、対馬、稚内など)、③防空機能(八雲、車力、霞ヶ関など)、④離島に所在(奄美、宮古島、硫黄島など)-の4類型がある。海上保安庁関係では注視区域の対象施設が174ヶ所あり、那覇の第11海上保安本部や石垣海上本部などがある。国境離島等関連では、領海基線を有する国境離島が484島あり、八丈小島や北硫黄島、臥蛇島などが含まれる。また、有人国境離島は合計148島あり、佐渡島、福江島、奄美大島、利尻島、壱岐島などが例示されている。「生活関連施設」としては「①原子力関係施設」と「②自衛隊が共用する空港」の2類型とし、①の原子力関連施設の例として国内各地の原子力発電所と青森県六ケ所村の核燃料サイクル施設が示された。
◎基地監視活動・抗議行動など住民運動への弾圧の恐れ
では、この法律が施行されると、どのようなことが起きると考えられるのだろうか。たとえば、在日米軍の補給施設「相模総合補給廠」(相模原市中央区矢部)をベトナム戦争中の1972年から監視を続けている市民グループ(「相模補給廠監視団」)がある。静岡県には毎日、陸上自衛隊東富士演習場に飛来するオスプレイを監視している「オスプレイに反対する東富士住民の会」があり、米軍横田基地や岩国基地(「岩国基地の拡張・強化に反対する広島県住民の会」)、厚木基地(「厚木基地周辺住民の会」)などの情報をつないでオスプレイの日常の動きを記録している。このような監視活動を基地の周辺1km以内の土地・建物を使って行った場合、政府は監視活動を「(基地の)機能を阻害する行為」としてその土地・建物の所有者(契約者)に対して監視活動を行わせないよう「勧告・命令」を出すことができる。この監督・命令は監視活動メンバーではなく、土地・建物の所有者に出されるだろう。その人は「監視活動をやめてくれ」と言わされる。使用を禁止するかもれない。そうしなければ所有者が2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金、またはその両方を科されることになる。
自衛隊ミサイル基地が建設されようとしている宮古島・石垣島の場合はどうだろう。沖縄県内の有人島はすべて“国境離島”である。国境離島として注視区域に指定された場合、島の全域が注視区域になる。島の住民全員がいつでも個人情報を管理される調査対象になる可能性がある。爆薬搬入阻止行動や抗議行動などは基地機能の阻害行為とされ、基地の監視や反対運動の拠点は買収や収容の対象になりかねない。権力側は勧告・命令、罰則の対象になる土地・建物の所有者を責め立て、活動メンバーとの分断を図ろうとするだろう。そうなると島の地域社会崩壊の危機だ。
沖縄本島は米軍専用施設が全面積の約15%を占める。沖縄平和運動センターは、米軍施設から1kmの範囲が注視区域となった場合、嘉手納基地周辺は約9万人、普天間飛行場周辺は約9万8千人が対象になると試算し、「騒音などの被害者である住民が監視対象にされる」と指摘している。実際、自民党の杉田水脈(みお)議員は5月の衆院内閣委員会で、辺野古新基地建設への抗議活動を例に「直ちに機能を阻害しているように見えなくても、派生する影響も十分に考慮して本来の目的を果たしていただきたい」と政府に求めている。嘉手納基地やキャンプ瑞慶覧などの米軍基地をもつ沖縄県北谷(ちゃたん)町議会は法律成立直後に「基地周辺住民、沖縄県民の私権や財産権が脅かされる」として、法律の廃止を求める意見書を賛成多数で可決した。この法律は日本全国に広がる。東京のど真ん中、新宿区市谷の防衛省本省・市ヶ谷駐屯地の周辺のビル群の所有者や住民も対象になり得る。そうなると区域内の対象人口は何万人になるのだろう。
◎非戦・反戦の思いを固め、次の衆議院選挙で政権交代を
重要土地等規制調査法は、もともとは基地や原発周辺の土地が外国(中国)資本に買収されるのを防ごうという右翼キャンペーンから提案されたものだ。しかし、国が調査したところ、自衛隊と米軍基地周辺約6万筆の「隣接地」のうち外国資本による土地購入はわずか7筆で、日本人を含めた所有者との間で自衛隊や米軍の運用に具体的な支障が生じたことはない、と政府が認めた。すなわち、立法事実はない。また、外国資本だけをターゲットにした規制は国際商取引上できないために、法律案を装飾し、国民をターゲットにする形にしたようだ。ではなぜそこまでするのか。この法律が国民を黙らせる治安維持の一環と考えればわかりやすい。
右翼の論客(姫路大学特任教授・平野秀樹)はネットで、今回の法律は本来の目的である「外資買収規制」が不十分だとして不満を述べ、その理由として①規制区域が限定的でエリアが狭い、②規制レベルが低く、狭いエリアの土地利用について、国が調査するにとどめ、所有規制や強制的な立入調査、土地収用にまで踏み込んでいない-を挙げている。審議過程でいつのまにか〈自国民の私権制限〉に直結する悪法だとのイメージが一人歩きしたとしているが、今回の法律は「無防備だった日本で、はじめて防衛的な調査ができるようになった」「ようやく諸外国並みに近づく第一歩」と評価もしている。関連して平野氏は〈国家と私権〉の関係について論じており、「(重要土地等調査規制法への)反対運動の背景には、『国家(権利)よりも、私権が優越するという思想』があるからではないか。改めて問われるべきは、国家と私権について、『私権が常に優越するものではない』『国家(の庇護)があってはじめて私権がある』という道理である」と述べている。
私は、確かに右翼(国家主義者)ははっきりとした排外主義的「外資買収規制」法を作りたかったのだと思う。しかし、政治的にも国際的にも外国人排除の法律は作れないと悟った日本政府は、外国人排除もできる形で彼らがめざす国家優先の社会づくり(治安維持)の法律に仕上げた。このあいまいで稚拙な法律は、安倍・管政権のコアな支持者である右翼の要求を二つとも入れた恐ろしい法律となった。安倍第一次政権からの政治状況をみると、国民投票法の制定・教育基本法改正に始まって第二次安倍政権時に安保法制など、次々と戦争ができる法律群を作り上げ、小型無人機(ドローン)等飛行禁止法、国民投票法改正、そして今回の重要土地等調査規制法と続き、改憲と国民弾圧の体制を整えるという一連の流れが見えてくる。第二次世界大戦前の要塞地帯法は軍事施設(要塞)周辺での写真撮影や写生まで禁じ、厳罰の対象とした。重要土地等調査規制法は「要塞地帯法の再来」ともいわれる。私たちは“いつか来た道”を歩いている。
日本には“お上”の決めたことには逆らわない、という風土がある。しかし、森友・加計学園問題、桜を見る会問題、検察・学術会議人事への介入で何の説明もなく責任も取らず、文書を隠蔽・改ざんし、南西諸島には自衛隊ミサイル基地を並べ、沖縄の基地負担軽減には取り組まず、戦争ができる国作りのための改憲と法整備に明け暮れる今の政府に対しても依然として国民が黙ったままならこの国に明るい未来はない。非戦・反戦の思いを固め、次の衆議院選挙で自公政権に鉄槌を下し、政権交代を実現するしかない。