半田滋(防衛ジャーナリスト、元東京新聞論説兼編集委員)
岸田文雄政権は安全保障関連3文書を改定し、安全保障政策を大転換させた。「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えて保有を明記した。反撃と言いながら、実際には「先制攻撃」を容認したものだ。
こうした言い換えは「全滅」を「玉砕」、「敗走」を「転進」と呼んできた旧日本軍と変わりなく、国民をミスリードする詐欺的手法である。政府は「専守防衛は堅持」「先制攻撃はしない」と強調するが、詭弁にすぎない。
なぜ、敵基地攻撃能力の保有が「先制攻撃」になるのか。
それは安倍政権で制定された平和安全法制(安全保障関連法)により、これまで「行使できない」とされてきた集団的自衛権を存立危機事態であれば「行使できる」と変えたからだ。
存立危機事態は「密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生して日本の存立が脅かされる事態を指し、政府は米国を「密接な関係にある他国」とみているから、米国への攻撃があれば、日本は米国を守るために戦うことができる。
米国という「国」が攻められた時に限らない。政府は米軍の損耗は存立危機事態にあたり得るとの見解を示しているので、日本は米国や米軍を守るために集団的自衛権を行使することが合法化された。
なぜ米国や米軍が攻撃されると日本の存立危機事態になるのか、日本は独立国家であって米国の付属物ではない。米国の戦争に参戦するか否か独自に判断できるはずだが、思考停止して米国とともにあることを決めたのが安全保障関連法なのだ。
海外における武力行使を意味する集団的自衛権行使を解禁したことから、元内閣法制局長官や多くの憲法学者が「違憲」と批判する「天下の悪法」である。
今回、改定された国家防衛戦略(旧防衛計画の大綱)には重要な一文がある。
「この政府見解は、2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の3要件の下で行われる自衛の措置にもそのまま当てはまるものであり、今般保有することとする(※筆者注・敵基地攻撃)能力は、この考え方の下で上記3要件を満たす場合に行使し得るものである」
「この政府見解」とは敵基地攻撃の合憲性を条件付きで示した鳩山一郎元首相の見解(1956年2月29日衆院内閣委員会)を指し、「武力の行使の3要件」とは、安倍政権で定めた武力行使ができる要件のことで「日本への武力攻撃が発生した場合」と「存立危機事態が認定された場合」の二つが記されている。
この一文の根幹をわかりやすくいえば、「存立危機事態における敵基地攻撃は可能」となる。日本が攻撃されていないにもかかわらず、日本は米国の交戦相手を攻撃できるというのだ。これこそが先制攻撃である。
この結果、国内法の安全保障関連法で認められた集団的自衛権行使が国際法では許されない先制攻撃に該当することがあるという矛盾を抱えることになった。
とはいえ、自衛隊は「専守防衛」の制約から攻めてくる敵を撃退する訓練しかしていない。攻撃は想定しておらず、他国のどこに基地があるのか正確な地点を知る術さえない。偵察衛星を導入したり、ヒューミントと呼ばれるスパイを養成したりするには巨額の費用と長い時間がかかる。
では、どのようにして攻撃を仕掛けるのか。
国家防衛戦略は「我が国の反撃能力については、情報収集を含め、日米共同でその能力を効果的に発揮する協力体制を構築する」とした。解決策は日米一体化だというのだ。
米軍は偵察衛星、各種レーダー、ヒューミントなどを組み合わせた高い情報収集能力を持ち、自衛隊の情報不足を補うことができる。その性能を熟知する米軍からの命令で、米政府から購入する巡航ミサイル「トマホーク」を自衛隊が発射する日がいずれ来るのだろう。(以下略)