2022/08/25 05:00読売新聞
ロシア軍が巡航ミサイル「カリブル」(最大射程約2000キロ・メートル)をウクライナ空軍の拠点都市ビンニツァに撃ち込んだのは、7月14日だった。数百キロ・メートル離れた黒海に展開する潜水艦から5発を発射し、ウクライナ軍は2発を迎撃したが、3発が着弾した。市民にとって憩いの場だった複合ビルに命中し、23人以上が犠牲となった。
露側は空軍の会合場所を狙ったと主張したが、案内役の空軍関係者は「全く違う。市民を狙ったテロ攻撃だ」と声を荒らげた。
露軍は開戦後、カリブルや弾道ミサイル「イスカンデル」(同約500キロ・メートル)などを黒海やベラルーシ上空、カスピ海上空などから大量に発射している。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は22日、これまでに3500発近くの巡航ミサイルが撃ち込まれたと明かした。米国が1年間に調達する同種ミサイルの約5倍にあたる。
ウクライナの防空網は貧弱だ。旧ソ連製の旧式が主力で、弾道・巡航ミサイルはほとんど迎撃できず、市民への被害が広がっている。空軍広報担当者は「一刻も早く最新のシステムが必要だ」と訴える。
米国は7月に高性能の地対空ミサイルシステム「NASAMS」2基の供与を決めた。巡航ミサイルや戦闘機の迎撃が可能で、2005年からは米首都ワシントンの防空を担う。だが、2基では首都キーウともう1か所しか防護できず、犠牲者を減らす切り札になるとは言えない。
攻撃の抑止には、発射拠点への攻撃が有効だが、ウクライナはこうした場所に届くミサイルをほとんど保有していない。米国が供与した精密攻撃可能な高機動ロケット砲システム(HIMARS)は射程300キロ・メートルのミサイルを搭載可能だが、米国は戦争のエスカレートを懸念し、射程80キロ・メートル程度の弾薬の提供にとどめている。
露軍は侵略初日の2月24日、空爆とミサイル攻撃で飛行場11か所を含む74か所の軍事関連の標的を破壊したのみで、翌日には早くも本格的な地上戦に踏み切った。ウクライナの防空網や戦闘機の一定程度は生き残ったままで、露軍は戦闘機やヘリを多数失った。制空権を握れず、遠隔地からのミサイル攻撃に依存せざるを得なくなった。
戦況を分析する織田邦男・元航空自衛隊空将は、「米軍であれば陸上作戦の前に最低1週間は徹底的に空爆しただろう」と語る。米軍は1991年の湾岸戦争では空爆やミサイル攻撃で約800の目標を、2003年のイラク戦争では約500の目標を破壊し、本格的な地上作戦に移った。
中国は露軍の失敗を踏まえ、台湾有事では開戦直後に大量の精密誘導ミサイルで防空網を徹底的に破壊し、制空権の確保を目指すとみられている。米国のエルブリッジ・コルビー元国防次官補代理は、「中国は圧倒的な軍事力で敵を打ち負かそうと、何の前触れもなく、いきなり攻撃してくるだろう」と警鐘を鳴らす。