2022/01/03 09:32 信濃毎日新聞 社説
沖縄県石垣市。この島の信仰の対象である於茂登岳(おもとだけ)の麓の小学校で、サトウキビ農家の嶺井善(まさる)さん(56)が待っていた。
すぐ近くで、国の特別天然記念物カンムリワシの有数の営巣地という森林を切り開き、陸上自衛隊駐屯地の建設が進む。
師走なのにカエルの声が響く中庭で、嶺井さんは言った。「環境破壊が起き、次は社会環境。大切なサンゴ礁もつぶされる。そんな光景、見たくはないさね」
■政府の軍拡に揺れ
中国の海洋進出をにらみ、政府は2004年以降、防衛大綱を改めるたび、南西諸島の軍備強化を鮮明にしてきた。沖縄の与那国島、宮古島、鹿児島の奄美大島に順次、駐屯地を設けた。
防衛省が、駐屯地の調査協力を石垣市に要請したのは15年。同じ年の秋にはもう、於茂登岳麓の平得大俣(ひらえおおまた)を候補地に挙げた。県条例に基づく環境アセスを狡猾(こうかつ)に逃れ19年に着工している。
石垣島には、奄美や宮古と同じく、地対艦、地対空のミサイル部隊を配備する。
予定地の周りで、沖縄戦を生き抜いた末、米軍に土地を奪われ、沖縄本島から移住してきた人々が暮らしてきた。台湾から移り、パイン産業を興した集落もある。
マラリアの有病地帯で電気もなかった。森を開墾し、栽培作物の試行錯誤を繰り返し、必死に農業を営んできた。嶺井さんの父親も琉球政府による「計画移民」。つい一世代前の話なのだ。
再起を懸けてきた土地に、国は一方的に自衛隊を送り込もうとしている。住民は当初から反対の声を上げてきた。嶺井さんは〈石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会〉の共同代表を務める。
「自民党の元支持者として、はっきり言う。苦労した住民の意思が反映されない、公平公正性を欠くことをやってはいけない」
■届かぬ住民の訴え
連絡会の事務局を担う藤井幸子さん(74)が、建設現場の見える林道に案内してくれた。土地の造成はだいぶ進んでいる。弾薬庫の建つ場所が確認できた。
建設地は、離島にとって貴重な水源域に当たるという。「国防は国の専権事項」とする市政は、影響調査さえまともに行わない。開示される資料は黒塗りで、計画の全容がつかめない。
若い世代の考えはやや異なる。18年に〈石垣市住民投票を求める会〉を発足させた、金城龍太郎さん(31)は「南西諸島への自衛隊シフト、それは受け入れる」と話す。ただ、「造る場所を決める権利は住民にある」と。
金城さんは米国の大学を卒業して営業マンを勤めた後、帰国してマンゴー農家を継いだ。今年、3人目の子が生まれる。島で生きていこうと決めている。
「この問題を可視化し、皆で決める。島の人同士が関係を保ち、納得できる手続きを踏むのが『答え』になると思う」
1万4千筆余の署名を集めて住民投票を請求するも、市議会は条例案を否決した。市長は、自治基本条例に定められた投票の実施義務を履行しなかった。
会は投票を求めて提訴した。司法も「行政訴訟の対象外」とし、次世代の思いを退けている。
石垣市は尖閣諸島を行政区域に含み、駐屯地への市民の賛否は割れている。一方、建設地も知らない人が少なくない。薄い関心は、国や市の“見せまい”とする姿勢の裏返しでもあろう。
■戦後の日本を問う
自衛隊と米軍は、南西諸島を拠点に、米海兵隊がゲリラ戦に臨む共同作戦計画の原案を作った。来るのは自衛隊だけではない―。初めから想定していたに違いない軍事展開を、政府は島の人たちにどう説明するのか。
沖縄の人たちの言う、反戦や人権、自治は、観念論ではない。
本土防衛の時間稼ぎだった沖縄戦で、十数万の県民が犠牲になった。揚げ句、日本から切り離され米軍政下に置かれた。性犯罪や事故、騒音、環境汚染の基地被害に今なお苦しめられている。
基本的権利に対する圧迫は、戦時から打ち続く。その実体験からの希求だと言っていい。
国は福島の原発事故後も、原子力に固執する。東北の被災地では住民の生活再建よりも、成長重視の「復興」を続けた。コロナ禍で窮乏する国民の反対の声を尻目に、東京五輪を断行した。
事もなげに「国家」を優先する全体主義の影は、どの国民のそばにも忍び寄っている。
1960年代に沖縄で巻き起こった「祖国復帰運動」は、平和憲法、自己決定権への切望を背景にした。「国防上、仕方がない」と今度も、沖縄の人々にかかる抑圧を黙認できるだろうか。
今年5月15日は、沖縄の日本復帰から50年の節目に当たる。戦後の日本が歩んできた、民主社会の現在地が問い返される。