1976年に三木武夫内閣が防衛費(軍事費)は「国民総生産(GNP)比1%を超えない」ことを閣議決定した。以来、いくつかの波はあったが、ともかくも日本の防衛費は事実上「1%未満」で推移してきた。
「専守防衛」は日本国憲法第9条との関連で解釈され、防衛戦略の基本的姿勢とされてきた。専守防衛は「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し,行使は自衛のための必要最低限度であり、保持する防衛力(軍事力)も自衛のための必要最低限度のものに限られる」とされてきた。
いま、岸田文雄内閣の下で、この「国是」ともいうべき「専守防衛」と防衛費の「GNP比1%」以内という方針が、自民党が提出する「提言」によって大きく転換されようとしている。
岸田内閣は従来の政府の路線を大きく転換するために、年内に防衛3文書、「国家安全保障戦略」「防衛大綱」「中期防衛力整備計画」の改訂を企てている。自民党の「提言」はその転換を主導する狙いがある。
岸田首相は年頭の施政方針演説で、「いわゆる『敵基地攻撃能力』をふくめ、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討する」とのべた。
自民党安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相)は昨年末から20回近くの会合を重ね、このほど党の防衛関係の幹部も参加して異例の3日連続の会議を経て、4月21日の会合で、国家安全保障戦略の改定に向けた「提言案」をとりまとめた。きたる参院選挙を経て、この「提言」が反映された防衛3文書がつくられていく。
提言案は従来使用してきた「敵基地攻撃能力」の呼称を「反撃能力」に改め、その能力を保有することを政府に求める内容だ。攻撃対象には相手国のミサイル基地だけでなく、指揮統制に関連する機能も含める。
防衛費については従来の額の倍増になる「国内総生産(GDP)比2%以上」への増額を念頭に「5年以内」に達成することを盛り込んだ。
そして軍事技術力を向上させつつある中国や朝鮮の軍事動向を踏まえ、「迎撃のみではわが国を防衛しきれない恐れがある」と強調する。相手国のミサイル発射方式の多様化も見据えて、「(対象を)基地に限定する必要はない。向こうの中枢を攻撃することも含めるべきだ」「相手国の指揮統制機能等も含む」ものとした。
従来日本政府がとってきた「専守防衛」では、相手から武力攻撃を受けた場合、初めて防衛力を行使するものであり、それは「必要最小限の行使」であり、装備も必要最小限のものに限っていた。
これに対して今回の提言の「反撃能力」はそうではなく、従来の専守防衛とは異なり、「敵の第一撃」を甘受することは想定していない。「相手側の攻撃が、明確に意図があって、すでに着手している状況であれば、(敵基地攻撃の)判断を政府が行う」として、先制攻撃を容認している。
これは防衛政策の一大転換であり、「専守防衛」の底が抜けたような大転換だ。
安倍晋三元首相などは「敵基地攻撃能力の保有」とともに、「核の共有」なども叫び始めた。2020年9月の安倍辞任「談話」などによって議論を先導してきた「敵基地攻撃能力の保有」論は、相手国の弾道ミサイルの発射拠点を直接攻撃する能力のことで、従来はミサイルの早期迎撃に主眼を置いた議論だった。しかし、安倍元首相は最近「私は打撃力といってきたが、(目標を)基地に限定する必要はない。向こう(相手国)の中枢を攻撃することも含むべきだ」「(攻撃を)基地に限定する必要はないわけでありまして、向こうの中枢を攻撃するということも含むべきだ」(4月3日、山口市)などと発言し、政府機関やインフラまで攻撃対象にするところまで議論をいっそうエスカレートさせている。これは「防衛」の名のもとにウクライナの首都キーウまで攻撃したロシアのウクライナ侵攻と同じで、世界を揺るがせているロシアのウクライナ侵略という惨事に便乗したショックドクトリンだ。
安保調査会で飛び交った「従来の必要最小限では抑止力にならず、国民を守れない」とする意見や「攻撃範囲を相手国のミサイル基地に限定せず、指揮統制機能まで攻撃する能力を持つ必要」などの意見は、専守防衛どころか、国際法違反の「先制攻撃能力保有」にまでつながるものだ。
「敵基地攻撃能力」では聞こえが悪いので、「反撃能力」と呼ぶなどということは、人々を愚弄するものだ。なんと呼称しようと、これは「戦争」そのものだ。
憲法第九条はその第1項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明確に書いており、「敵基地攻撃能力の行使」はまさにこの第9条が禁止する「戦力」であり、その保有は憲法違反に他ならない。
自民党は昨年の総選挙の公約でNATO諸国(北大西洋条約機構)が米国の要求する国防予算の目標を2%以上としていることに倣って、日本の防衛費もGDP比2%以上にすることを主張した。ちなみに、NATOは防衛費の計算に恩給費やPKO関連費なども含めているので、21年度の日本の防衛予算は1.24%になると岸防衛相の答弁がある。提言は軍事費についてNATOが目標としているGDP比2%以上に足並みをそろえようとしているが、今年度の当初予算は5・4兆円であり、5年以内に11兆円以上の規模とする大軍拡を企図していることになる。これは2021年度の世界の軍事費で換算(ストックホルム国際平和研)すれば、米中に次いで世界第3位になる。この巨額の軍事費が米国の軍産複合体と日本の軍需産業の手に入るのだ。憲法9条がある国で、このようなことが許されていいはずはない。
いったい、この財源はどこにあるのか。NATO諸国は増税と一体で議論している。安倍元首相などは「国債で賄う」などと暴論を述べているが、硬直した日本の財政では社会保障費など、民衆にしわ寄せされるのは不可避であり、暮らしを壊す軍拡予算だ。
この巨大な軍拡が2015年の安保法制の下で進められていることは見逃せない。従来は相手国を攻撃する「矛」の役目は米軍がにない、防衛の「盾」の役目は自衛隊が担うという役割分担をしてきた。安保法制は従来の集団的自衛権行使に関する憲法解釈を変えて、集団的自衛権の行使を拡大し、武力攻撃事態、存立危機委事態などという名目で、日本への武力攻撃がなくても、米国が他国と戦争を開始した場合、日本が攻撃されていなくても自衛隊が米軍とともに相手国のミサイル基地などと合わせて、「指揮系統機能」=司令部を攻撃することになり、全面戦争にはいることになる。
こうして岸田内閣の下で、日本は急速に軍事力を強め、日米同盟を中心に欧米諸国やインド、豪州、ニュージーランドなどとの軍事協力を推進し、中国、朝鮮包囲網の形成にまい進している。このことがアジア・太平洋の軍事的緊張をいたずらに増大させ、不安定化することは間違いない。戦争の準備をすれば戦争がやってくる。
このたびのロシアによるウクライナ侵略から学ぶべきことは、戦争につながる軍事力の強化で国の安全を保障しようとするのではなく、平時から友好と協力、共存の国際関係を形成し、「非核兵器地帯条約」締結など、全域の共同の安全保障体制を作り上げることの大切さだ。岸田政権はこの道を逆走している。日本と東アジアの平和を願う市民は、力を合わせて岸田政権による軍事力の暴走を止めなくてはならない。ともに行動に立ち上がろう。
2022年4月26日
戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会