2023年9月8日
東京安保法制違憲訴訟弁護団
政治が憲法の基本原理を侵害し、恣にこれを変容させようとしているとき、本来の憲法規範に則ってその誤りを匡(ただ)すことが、司法の使命である。最高裁は、その使命を放棄した。
2023年9月6日、安保法制を憲法違反とする訴訟(東京国賠訴訟)について、最高裁判所第二小法廷は、極めて不当な理由付けにより、上告棄却及び上告受理申立て不受理の決定を行い、同7日弁護団に決定が送達された。
その内容は、上告について、本件上告の理由は違憲及び理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに民訴法312条1項又は2項に規定する事由に該当しない、上告受理申立てについて、本件は民訴法318条1項により受理すべきものとは認められないと述べるのみで、実質的な判断に全く踏み込まないものであった。
本決定は、必要なときに憲法判断を行い憲法保障機能を発揮するという裁判所の責務を放棄したものである。集団的自衛権の行使を認めるという2014年7月1日の閣議決定と2015年9月19日国会の強行採決による安保法制の制定は、憲法の条文を改正することなくしては集団的自衛権の行使はできないとの確立した憲法解釈を踏みにじり、「解釈改憲」なる手法によって、憲法改正手続に国民を関与させることなく、実質的に憲法9条を改変してしまったものであり、それによって平和国家日本の国のありようを根本的に変容させてしまうものであった。本決定は、そのことの重大性とそのことに対する司法の責務から目をそらしたものである。
一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所(憲法81条)としての最高裁判所の地位と権能の重要性は、最高裁判所自身が自認するところである(最大判令和4年5月25日)。最高裁の違憲審査権は最高裁の地位と権能の要であり、国の根本法である憲法をその違反や破壊から守る憲法保障・立憲主義の根幹をなす。ところが最高裁は、前例のない憲法破壊が行われた本件において、その責務から逃避したのである。
集団的自衛権の行使を認めようとする前記閣議決定や安保法制の国会審議の当時、元最高裁判事、元内閣法制局長官らを含む多くの法律家、憲法学者らが、「解釈改憲」は違憲であり許されないと意見表明し、多くの市民が反対の声を上げて夜通し国会を取り囲んだ。与党がこれを無視して安保法制を強行採決してから8年、危惧されたとおり、日本は、憲法9条の下でのかつての平和国家から、戦争に備えて他国の領域を直接攻撃する能力を保有し、世界第3位の軍事費をも投入しようとする軍事国家へと変貌を遂げつつある。このことが本件原告らに与えている戦争の恐怖や不安は、現実かつ深刻な権利侵害である。最高裁が原告らの訴えを門前払いしたことは、人権救済の否定であり、憲法の番人であるべき裁判所の責務に反するものであり、そして国の将来を過つものである。
本決定は最高裁第二小法廷によるものであるが、全国各地の原告が提起した訴訟は、今後も続々と最高裁に係属することになる。また、本決定のうち上告受理申立てに係る部分は、第二小法廷が本件を受理しない旨の判断を民訴法318条1項の裁量の枠内で行ったに過ぎず、全国各地で提起された安保法制違憲訴訟の他の事件に係る上告や上告受理申立てを封じる効果は法的にも事実上もなく、他の小法廷は(もちろん第二小法廷も)、同様のケースにおいて上告受理申立てを受理することは当然可能である。そして言うまでもないが、本決定は新安保法制の合憲性について完全に沈黙したのであり、新安保法制について違憲との判断を下すことは、本決定と何ら矛盾しない。最高裁は、今一度、憲法によって最高裁に与えられた地位と権能の核心は何なのか、それは何のために与えられたのか、今それを生かさずしていつ生かすのか、真剣に顧みるべきである。
我々は、裁判所の職責を放棄した本決定に断固として抗議するとともに、これにいささかも怯むことなく、司法が本来の職責に則りしかるべき判断を下すまで全力で闘い続けることを、改めてここに宣言する。